ローベルト・ムージル作・古井由吉訳「愛の完成」は以前から好きな作品でした。
難解な文章が延々と続く作品なのですが、夫への愛をどこまでも高めようとする妻の思考を縦糸に、過去の乱れた性生活の記憶や旅先での行きずりの男との行状を横糸にした、細かい論理の編み目がやがて不倫へと織り上げられていく見事な作品だと思いました。
表面は夫への忠節を誓い目の前の男への嫌悪を表現していながら、その裏側に精神的にも肉体的にも男へ惹きつけられ囚われていく女の心理が垣間見えるような気がするのでした。
原文は抽象的な表現を多用していて意味が一つに定まらない難解さがあるのですが、古井由吉さんの訳はやはり抽象的で意味の分かりにくい、それでいて何かが伝わるような印象を与えるものでした。
しばらく古井さんの訳を読んで満足していたのですが、ふと「自分で日本語に訳したらどうなるだろう」と思いました。原文をできるだけ理解できるような文章に、最もふさわしいと思われる一つの意味を取り出すようにして訳してみました。自分を原作者と同化するというよりも、むしろ原作者と読者の間の仲介者になろうとして翻訳を進めました。
私自身はドイツ語に堪能ではなくムージル研究者でもないのですが、手間をかけて辞書を引いた結果がどなたかの役に立つものでしたらうれしいです。
ムージルは1942年に亡くなったのですでに没後70年以上が経過しており、原作者の著作権が切れていると考えて翻訳を公開するのですが、これはムージルの原作を利用して金銭的な利益をあげようとするものではありません。またこの翻訳を再利用していただいてもかまいません。
(クリエイティブ・コモンズの表現では「表示・非営利」ということになるでしょうか。)
0 件のコメント:
コメントを投稿