2017年10月14日土曜日

「澁澤龍彦 ドラコニアの地平」

世田谷文学館の「澁澤龍彦 ドラコニアの地平」に行きました。
僕にとっての澁澤は、何よりもヨーロッパの文学・芸術の紹介者でありました。この展覧会では彼の著作の原稿を見ることができました。
「サド公爵の幻想」(1954年)の万年筆の角張った細い字。「悪徳の栄え」(1954年)のほとんど直しのない原稿。下書きが他にあったのかは分かりませんが、最初からほぼ完全な原稿。
「高丘親王航海記」(1987年)の丸っこい鉛筆の字は初期の頃とは違う印象を受けました。間隔を空けた行の間に青インクで修正の文字。きちんとバランスを保ちながら紙面に配置された読みやすい文字。それは手紙のように罫線のない紙面であっても変わっていませんでした。
現在では澁澤よりももっと詳細な知識を持ち、誰も知らないような作家や芸術家を紹介できる評論家はいるでしょう。けれども彼ほどに社会全体の中で、読者の知識教養とのバランスを保って紹介の文章をかける人はいるでしょうか。彼の本質は知識の該博さではなく、読者との関係を忘れない平衡感覚にあると思いました。
土方巽の葬儀の席での追悼の録音が場内に流れていました。甲高いしわがれ声。病の兆候があったのかは分かりませんが、晩年の、老人といってもおかしくない声。
若い読者は彼に若々しさや親しみやすさを感じるかもしれません。けれども彼の本質は高踏な文学を愛する狷介な学者。その親しみやすさは彼が自ら望んで獲得した仮面であるということを感じました。

2017年10月8日日曜日

ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信

千葉市美術館での「ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信」に行きました。
「絵歴交換会の流行と錦絵の誕生」コーナーでは、絵歴(陰暦では大の月小の月が年ごとに変わるから、それを書き記したもの)に浮世絵が添えられたものが展示されていました。
実用的な絵歴にグラビアの美女を配したような感じがありましたが、一方では、着物や帯にこっそりと数字(例えば小の月を表す数字)を潜ませたりして、パズルのような趣もありました。
見立絵も多かったです。元々は男であったはずの逸話の登場人物を美女に代えていました。男女を取り替えたというよりも、目の喜びを重視し自由さを獲得したという感じがしました。春信の男女はみな華奢な体つきですが、その若々しい感じが軽さ自由さにつながっていました。
画面上部に和歌を配する絵も多かったですが、絵だけで一つの世界を構築しようとする気張った感じでなく、和歌と絵とで協力して一つの世界を作ろうとする、余裕ある態度を感じました。
誰もがあげるであろう「見立那須与一 屋島の合戦」はやはり素晴らしかったです。着物の模様で平家の船団を示し、背景の茄子畑で那須与一を示し、扇子を構える女と恋文を矢につがえようとする若者とを配して絵の世界と物語の世界とが見事なバランスを保っていました。
当時評判になった美女たち(鍵屋お仙や本柳屋お藤など)を描いた絵では、実際に彼女たちを見に行くであろう江戸庶民たちへの格好のガイダンスとなっていました。浮世絵ですから、彼女たちの容姿を克明に模写するのでなく、訪問のきっかけ、現実を思い出す契機として存在していました。それでいて、背景の描写は的確で、不足のない見事なものでした。
春信の後継者の浮世絵をみると、いかに春信自身の筆が入念に配慮された名人のものであるかが分かります。和歌を配するための雲形の線も単調でないのでした。
ボストン美術館の浮世絵の発色はよいものです。空摺の凹凸もはっきりとわかり、感謝したくなります。

ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信
会期 2017年9月6日(水)- 10月23日(月)
開館時間 10時~18時(金・土曜日は20時まで)※入場受付は閉館時間の30分前まで
休館日 10月2日(月)
会場 千葉市美術館 〒260-8733 千葉市中央区中央3-10-8 TEL:043-221-2311