2019年5月11日土曜日

国立新美術館「ウィーン・モダン」

国立新美術館での「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」に行きました。
前半はビーダーマイアー時代の市民の家具や道具を展示していました。またシューベルティアーデに代表される市民の楽しみとしての音楽を取り上げ、その代表としてシューベルトの肖像が展示されていました。
それからフランツ・ヨーゼフ一世を取り上げ、リンク通りの開発についてオットー・ワーグナーの活動に焦点を当てていました。「美術アカデミー記念ホール」や「聖レオポルト教会(シュタインホーフ)」の模型を見ると、クリムトの装飾と近いものが感じられてなりませんでした。
後半は20世紀初頭のウィーン文化のオンパレードでした。
クリムトは初期作品が中心でした。「旧ブルク劇場の観覧席」「愛」「6月(ユノ)」「彫刻」「パラス・アテナ」など、初期作品という限定された期間ですが、その量と質の高さに圧倒されました。デッサンも多数展示されており、例のエロティックな素描も数は少ないですが展示されています。
ウィーン工房のポスターやカードもそのデザイン性が印象に残りました。メラ・ケーラーやマリア・シュトラウス=リカルツなどが描いた女性のファッションはほれぼれするほどです。
シーレはウィーン工房からの流れで優れたデザイナーとしての側面が強調されていたように思います。ココシュカにもたっぷりと数が割かれていました。
ゲルストルが描いたシェーンベルクの肖像、シェーンベルクが描いたベルクの肖像も展示されています。(ロダンとシェーンベルクが描いたマーラーの絵も)音楽ファンには興味ある展示です。
以上、19世紀から20世紀初頭のウィーンの文化に焦点を当てることによって、統一感のあるすばらしい展覧会になっていたと思います。

東京都美術館「クリムト展」

東京都美術館での「クリムト展 ウィーンと日本1900」に行きました。
初期のクリムト作品では緞帳のために古代ギリシャの風景を描いたり、彫金のために流れるような女体の輪郭線を描いたりしていて、対象物によって題材を決めているところがあり、その点では工芸作家に近づいていました。
有名な《医学》《哲学》《法学》にしても、激しい批判を巻き起こしたという逆の意味で、天井画にふさわしい絵を描いたともいえそうです。
「《医学》のための習作」が展示されていました。焼失した(保管場所のインメンドルフ城にナチスが火を点けた)ため、もう観ることのできない《医学》を想像するために役立ちそうな、ありがたい作品でした。
「ベートーヴェン・フリーズ」は実物大の複製だったので、マンガ風の筆致で描かれた邪悪な女たちの大きさを実感できてよかったです。
「ユーディット」「女の三世代」などは、細かい筆遣いがどうというよりも、官能的表現に圧倒される作品でした。風景画についても、画面構成の妙を味わう作品といえそうです。

2019年3月19日火曜日

カフカ「変身」ムージル「愛の完成」ほか日本語訳


カフカの『判決』『変身』『家長の心配』、ムージルの『愛の完成』『夏の日の息吹』を翻訳しました。
(カフカの『判決』のテキストファイルを改訂しました。pdfファイルと同じ内容にしました。2019年6月19日)
今までそれぞれが別の記事に分かれていましたが、今回一つの記事にまとめました。

翻訳文のテキストデータにリンクを張りましたので興味がおありでしたらお読みください。「田中一郎訳」を表示してくだされば二次利用は自由です。非営利での利用をお願いします。改変してもかまいません。


フランツ・カフカ

『判決』クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

『変身』クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

(底本としてFischer社の版を使用しました)


『家長の心配』クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。


ローベルト・ムージル

『愛の完成』クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

『夏の日の息吹』(1942年、『特性のない男』より)クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

(底本としてRowohlt社の版を使用しました)


カフカ『判決』について。

『判決』における文章は、ゲオルクに都合のよいように嘘をつき、真実を隠してあいまいな記述をしていると思います。

冒頭に“Haus”という単語が出てくるのですが、これを「家」と考えて「友人が家から出る」「友人を家に戻す」という意味だとすれば、友人=兄弟という可能性もあります。(ゲオルクの分身という可能性もあるけれど。)

父が「ペテルスブルクに友人はいない」「お前の友人のことはよく知っている」という発言も、「ペテルスブルクに友人はいない(兄弟ならいる)」「お前の(言うところの)友人のことはよく知っている」と言っているとすれば、父は首尾一貫した真っ当な発言をしていることになります。

また、ゲオルクが住んでいる家は川沿いの日の当たらない家ですが、彼が貧しいのだとすれば、「店の収入は五倍になった」という景気の良い文章は疑わしくて、“schloß Geschäfte ab”という表現も「店をつぶした」という意味である可能性があります。

そして、店がつぶれたのが少し前の話だとすれば、父が「あの嫌な女」と言っているのも、現在の婚約者であるフリーダ・ブランデンフェルトではなくて、「前の婚約者」かもしれません。

ゲオルクはフリーダとの婚約の前に「どうということもないつまらない男」の婚約について手紙を書いていますが、それが彼自身のことだとすれば、「前の婚約者」が存在する可能性があります。

そう考えてくると、父が「お前についての報告はこのポケットの中だ」と言いますが、その後に続くべき文章も、「(それが公開されれば)父の面目は丸つぶれ」ではなくて「ゲオルクの面目は丸つぶれ」になります。

いずれにしても、ゲオルクは何か非難されるようなことをして、父は真っ当に彼を責めているのだという考えです。まあ彼が何をしたにせよ、彼の最大の罪は(少しふざけた言い方をすれば)、真実を読者に隠したということなのかもしれませんが。

ただし、父が最後にゲオルクに死を宣告して、ゲオルクがそれを受け入れるのは虚でしょう。ゲオルクがどのような悪いことをしたにせよ、彼の死には必然性がありません。嘘をついていた地の文章の最後にまた嘘が出て来たということです。

会話文が信用できないのではなく、地の文が信じられないというというのも変ですが、例えば体験話法のように三人称でありながら限りなく一人称に近づく文章があるように、地の文がゲオルクの都合の良いように書かれているということだと思います。


ムージル『愛の完成』について。

『愛の完成』のクラウディーネの身持ちの悪さの原因の一つには、彼女の不感症的傾向があると思います。ただし、それはかすかにほのめかされるだけですが。

例えば、夫との会話での「あなたから愛されても私はもう何も感じなかった」という発言。あるいは、「彼女の体は、それ自体が感じたものを、まるで故郷のようにぼんやりとした障壁となって覆っており、肉体自体が感じたものは、他の誰よりも近くにいる彼女のものとならなかった。」という文章。

いずれも別の意味にも解釈できるあいまいな表現ですが、このようなほのめかしは底流のように作品全体を流れ、ときどき姿を現します。

この小説では地の文だけでなく、会話文も難解な表現が使われています。例えば、彼女が出会う参事官は「まるでおとぎ話ですね。田園風景、魔法をかけられた陸の孤島、美しい女性。あらゆるものが繊細な純白の下着を身にまとうのだった…」と言います。この訳文は、車窓の外に広がる雪景色になぞらえて、クラウディーネの下着姿がほのめかされているという解釈なのですが、原文の構造をそのまま訳してもこうはなりません。

この行きずりの男に対してクラウディーネはいったん嫌悪を感じるわけですが、そう言っているそばから本当は彼に心奪われているわけで、いったん別れた後も彼のことを思い浮かべるたび、「彼に会いに行こうとしている自分に気付き、それがどのような結果をもたらすかを考えると、たちまちその想像は彼女の体を冷たくとらえてしまった。」という有様です。

やがて彼女は自分の部屋で服を脱ぎ捨てて男が来るのを待ち、男の体の下に横たわる彼女自身の姿を(快楽に翻弄される姿、これまで彼女から奪われていた姿を)想像するに至るのです。そしてその夜は何事も起こらなかったものの、次の夜についに彼に身を任せてしまうのです。

最後の場面で彼の発言に出てくる、“ganzer Mensch”という言葉は「全的な人間」「まったき人間」と訳されたこともありますが、今回は「全体として好かれる人間」と訳しました。それは、すぐ後の会話の「あの人の目が好き、声が好き、だからあの人のことが好き、というのはおかしい(=部分的に好きになるだけだ)」「君の言うそれは(全体として)好きになったという徴候だ」という文章につながると考えたものです。

ここでクラウディーネははっきりと、「あなたの目と声が好き、だけどあなたの全部が好きとは認めたくない」と言っているではありませんか。

結局のところ、冒頭から結末まで夫への愛を誓う彼女の独白の裏側には、夫との間で得られぬ絶頂感にあこがれる女の姿が隠れているわけで、そうした隠微な点もこの小説の魅力だろうと思います。

2019年2月4日月曜日

「顔真卿 王羲之を超えた名筆」


東京国立博物館の顔真卿展に行きました。王羲之「蘭亭序」、欧陽詢「九成宮醴泉銘」、褚遂良「雁塔聖教序」とさまざまな有名作を見ることができます。
顔真卿の展示はうって変わって、書にその人の人間性を見いだす展示構成です。年齢によって書が変化していることを示し、「祭姪文稿」は感情の高ぶりで筆が乱れていることを示しています。
筆を動かすことによる自然な字体が王羲之とするなら、顔真卿は書かれた文字を見たときの構成から字体が作られており、いわば発想の転換が行われたことを解説していました。「フォントの明朝体の祖」としての側面も与えられています。
日本人の書も展示されていますが、そうなると今度は人間性だけでなく国民性によっても書が変わるということが示されていました。

2018年11月23日金曜日

田中一郎訳「判決」「変身」「愛の完成」「夏の日の息吹」

カフカの『判決』『変身』、ムージルの『愛の完成』『夏の日の息吹』を翻訳しました。今までそれぞれが別の記事に分かれていましたが、今回一つの記事にまとめました。

テキストデータにリンクを張りましたので興味がおありでしたらお読みください。「田中一郎訳」を表示してくだされば二次利用は自由です。非営利での利用をお願いします。改変してもかまいません(主に部分的な引用や書籍リーダーのためのデータ変換のことを想定しています)。

フランツ・カフカ

『判決』クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

『変身』クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

(底本としてFischer社の版を使用しました)



ローベルト・ムージル

『愛の完成』クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

『夏の日の息吹』(1942年、『特性のない男』より)クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

(底本としてRowohlt社の版を使用しました)



カフカ『判決』について。

『判決』における文章は、ゲオルクに都合のよいように嘘をつき、真実を隠してあいまいな記述をしていると思います。

冒頭に“Haus”という単語が出てくるのですが、これを「家」と考えて「友人が家から出る」「友人を家に戻す」という意味だとすれば、友人=兄弟という可能性もあります。(ゲオルクの分身という可能性もあるけれど。)

父が「ペテルスブルクに友人はいない」「お前の友人のことはよく知っている」という発言も、「ペテルスブルクに友人はいない(兄弟ならいる)」「お前の(言うところの)友人のことはよく知っている」と言っているとすれば、父は首尾一貫した真っ当な発言をしていることになります。

また、ゲオルクが住んでいる家は川沿いの日の当たらない家ですが、彼が貧しいのだとすれば、「店の収入は五倍になった」という景気の良い文章は疑わしくて、“schloß Geschäfte ab”という表現も「店をつぶした」という意味である可能性があります。

そして、店がつぶれたのが少し前の話だとすれば、父が「あの嫌な女」と言っているのも、現在の婚約者であるフリーダ・ブランデンフェルトではなくて、「前の婚約者」かもしれません。

ゲオルクはフリーダとの婚約の前に「どうということもないつまらない男」の婚約について手紙を書いていますが、それが彼自身のことだとすれば、「前の婚約者」が存在する可能性があります。

そう考えてくると、父が「お前についての報告はこのポケットの中だ」と言いますが、その後に続くべき文章も、「(それが公開されれば)父の面目は丸つぶれ」ではなくて「ゲオルクの面目は丸つぶれ」になります。

いずれにしても、ゲオルクは何か非難されるようなことをして、父は真っ当に彼を責めているのだという考えです。まあ彼が何をしたにせよ、彼の最大の罪は(少しふざけた言い方をすれば)、真実を読者に隠したということなのかもしれませんが。

ただし、父が最後にゲオルクに死を宣告して、ゲオルクがそれを受け入れるのは虚でしょう。ゲオルクがどのような悪いことをしたにせよ、彼の死には必然性がありません。嘘をついていた地の文章の最後にまた嘘が出て来たということです。

会話文が信用できないのではなく、地の文が信じられないというというのも変ですが、例えば体験話法のように三人称でありながら限りなく一人称に近づく文章があるように、地の文がゲオルクの都合の良いように書かれているということだと思います。



ムージル『愛の完成』について。

『愛の完成』のクラウディーネの身持ちの悪さの原因の一つには、彼女の不感症的傾向があると思います。ただし、それはかすかにほのめかされるだけですが。

例えば、夫との会話での「あなたから愛されても私はもう何も感じなかった」という発言。あるいは、「彼女の体は、それ自体が感じたものを、まるで故郷のようにぼんやりとした障壁となって覆っており、肉体自体が感じたものは、他の誰よりも近くにいる彼女のものとならなかった。」という文章。

いずれも別の意味にも解釈できるあいまいな表現ですが、このようなほのめかしは底流のように作品全体を流れ、ときどき姿を現します。

この小説では地の文だけでなく、会話文も難解な表現が使われています。例えば、彼女が出会う参事官は「まるでおとぎ話ですね。田園風景、魔法をかけられた陸の孤島、美しい女性。あらゆるものが繊細な純白の下着を身にまとうのだった…」と言います。この訳文は、車窓の外に広がる雪景色になぞらえて、クラウディーネの下着姿がほのめかされているという解釈なのですが、原文の構造をそのまま訳してもこうはなりません。

この行きずりの男に対してクラウディーネはいったん嫌悪を感じるわけですが、そう言っているそばから本当は彼に心奪われているわけで、いったん別れた後も彼のことを思い浮かべるたび、「彼に会いに行こうとしている自分に気付き、それがどのような結果をもたらすかを考えると、たちまちその想像は彼女の体を冷たくとらえてしまった。」という有様です。

やがて彼女は自分の部屋で服を脱ぎ捨てて男が来るのを待ち、男の体の下に横たわる彼女自身の姿を(快楽に翻弄される姿、これまで彼女から奪われていた姿を)想像するに至るのです。そしてその夜は何事も起こらなかったものの、次の夜についに彼に身を任せてしまうのです。

最後の場面で彼の発言に出てくる、“ganzer Mensch”という言葉は「全的な人間」「まったき人間」と訳されたこともありますが、今回は「全体として好かれる人間」と訳しました。それは、すぐ後の会話の「あの人の目が好き、声が好き、だからあの人のことが好き、というのはおかしい(=部分的に好きになるだけだ)」「君の言うそれは(全体として)好きになったという徴候だ」という文章につながると考えたものです。

ここでクラウディーネははっきりと、「あなたの目と声が好き、だけどあなたの全部が好きとは認めたくない」と言っているではありませんか。

結局のところ、冒頭から結末まで夫への愛を誓う彼女の独白の裏側には、夫との間で得られぬ絶頂感にあこがれる女の姿が隠れているわけで、そうした隠微な点もこの小説の魅力だろうと思います。

2018年11月18日日曜日

ピエール・ボナール展


国立新美術館のボナール展に行きました。
妻マルトを撮影した写真が展示されていましたが、室内で水浴する写真などはボナールの絵そのものでした。さらに妻マルトが撮影したボナールの裸体写真が展示されているのが面白いです。
ボナールはマルト以外の女性の裸体も描いていて、中でも人妻リュシエンヌを描いた「バラ色の裸婦、陰になった頭部」は、肌の色合いなどを見ると、むしろマルトを描いた絵より魅力的といえるほどでした。他には鏡をうまく使って静物画に裸体を配する「化粧台」など面白かったです。
「静物:皿と果物 あるいは桃を持った鉢」や「セーヌ川に面して開いた窓、ヴェルノンにて」は、美しい色彩があふれる魅力的な絵でした。
ボナールは一つの絵に時間をかけて描く画家でしたが、論述で観客を説得するのではなくて、その場の雰囲気を伝えることに関心がある画家だったと思います。今回のように多くの作品を一度に観るとその良さがよく分かると思えたので、良かったです。

2018年11月12日月曜日

カフカ「判決」

フランツ・カフカの「判決」を翻訳しました。
『文章の裏側に真実が隠されており、それがかすかにほのめかされている』と解釈して訳しました。
ああでもない、こうでもないと考えながら訳していると、この作品を一日で書き上げたカフカの心情からどんどん離れていく気がしなくもありませんでした。
どうかこの翻訳が皆様にとって役に立つものでありますように。

(2018年11月16日に改訂して公開しました。)

「判決」クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。