世田谷文学館の「澁澤龍彦 ドラコニアの地平」に行きました。
僕にとっての澁澤は、何よりもヨーロッパの文学・芸術の紹介者でありました。この展覧会では彼の著作の原稿を見ることができました。
「サド公爵の幻想」(1954年)の万年筆の角張った細い字。「悪徳の栄え」(1954年)のほとんど直しのない原稿。下書きが他にあったのかは分かりませんが、最初からほぼ完全な原稿。
「高丘親王航海記」(1987年)の丸っこい鉛筆の字は初期の頃とは違う印象を受けました。間隔を空けた行の間に青インクで修正の文字。きちんとバランスを保ちながら紙面に配置された読みやすい文字。それは手紙のように罫線のない紙面であっても変わっていませんでした。
現在では澁澤よりももっと詳細な知識を持ち、誰も知らないような作家や芸術家を紹介できる評論家はいるでしょう。けれども彼ほどに社会全体の中で、読者の知識教養とのバランスを保って紹介の文章をかける人はいるでしょうか。彼の本質は知識の該博さではなく、読者との関係を忘れない平衡感覚にあると思いました。
土方巽の葬儀の席での追悼の録音が場内に流れていました。甲高いしわがれ声。病の兆候があったのかは分かりませんが、晩年の、老人といってもおかしくない声。
若い読者は彼に若々しさや親しみやすさを感じるかもしれません。けれども彼の本質は高踏な文学を愛する狷介な学者。その親しみやすさは彼が自ら望んで獲得した仮面であるということを感じました。
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