思うところがあって「転校生 さよなら あなた」についての記事を全面的に書き換えました。これはほぼ自分だけのための書き直しです。
冒頭に流れる叙情的な音楽と「A MOVIE」。尾道三部作につながる世界がそこにありました。ピアノの弾むような音形が印象的だったテーマ曲は緩やかな弦の音楽に変わり、過去を懐かしむような雰囲気を生み出していました。私はこの映画を公開されてから何年も経って初めて観たのでした。
舞台は尾道から長野へと移り、カメラは下校時の生徒の姿を映しながら美しい景色を切り取っていました。寺の境内や塀に囲まれた狭い道や、あるいは思いがけない方向に道が通じている路地であったり。
メイキング映像を観ると、その景色は一続きの経路を順にたどりながら撮影したのではなく、離れた場所で撮影された映像を編集でつなげたものなのでした。現実よりも美しい景色を見せる手法は尾道三部作から変わっていませんでした。
長野に引っ越してきた一夫の家は居抜きの一軒家、一美の家は蕎麦屋でこれも一軒家、食事はちゃぶ台を囲み、テレビはチャンネルを回す古めかしい作りでした。監督は特典映像で「映画は現実を丸写しするものではない」と語っていた通りの映像でした。
俳優たちについては、一夫の身体に入ったカズミを演じた森田直幸さんは女口調をこなしていました。前作では身体が入れ替わった後は小林聡美さんが誇張された男らしさで、尾美としのりさんが誇張された女らしさでしゃべり出し、ドタバタ感が強調されていましたが、今回は誇張のない演技でした。
一美の身体に入ったカズオを演じた蓮佛美沙子さんは男口調も上手かったですし、「男が無理してやる女口調」も上手かったです。「〜ですことよ、オホホホ」といった具合に。それだけでなく、ベッドに横になり見舞いの人と話をするところなど、単に口調を変えているだけでなく、表情までも性別を越えた透明な雰囲気に変わっていました。前半のコメディから後半のシリアスへと変わる中間点で彼女がピアノを弾きながら歌う場面があります。よく観ると初めのうちは手の動きと音がずれているのですが、それがあとになるにつれだんだん合ってくるのでした。監督はこの場面について、バラバラだった二人の心が次第に一つになっていくという意味のことを言っていました。
今作ではカズミの彼氏ヒロシ(厚木拓郎さん)とカズオの彼女アケミ(寺島咲さん)の二人がきわめて重要な役を担っていました。
ヒロシはキルケゴールの「死に至る病」(について祖父が書いた本)を手に持ち、絶望しないこと、希望を持つことをカズミに伝えていました。姿形が変わってしまったカズミの心を愛し、彼女に振られながらもその奮闘は最後まで変わりませんでした。和服姿が特に凛々しかったことを申し添えておきます。
アケミは(後半になって満を持してという感じで)尾道から病床のカズオを見舞いにやって来ました。特に病室に入ったアケミがあごの辺りでピアノを弾く指の真似をして、すぐカズオが同じ身振りで応える場面は感動しました。二人には共通の思い出があり、見た目の姿がどれほど変わろうとも、心のつながりは変わらなかったのです。前作にはなかったこの場面こそが今作の白眉であったと思わずにはいられません。
前作では二人が家出のような形で尾道の町をあちこち移動する場面は美しいものでした。今回の二人の道行きは前作ほどではなかったといえるかもしれません。むしろ、ヒロシとアケミを含めた4人で病院から脱走する場面の方が印象に残るものでした。狭い世界に閉じ込められていた彼女たちが外の世界へ飛び出そうとしているかのようでもありました。
身体の入れ替わりが解消し、物語がすべて決着し、最後に一夫のナレーションが入ります。過去を振り返り、一美との永遠の別れを告げるそのナレーションを聴いていると、私には今作が過去との別れ、特に監督自身の過去の作品世界との別れを意味しているように感じられてなりませんでした。