2026年6月21日日曜日

カフカ「変身」の翻訳の改訂による岡上さんのnoteへの影響

 カフカ「変身」の翻訳を改訂しました。

今回の改訂にあたり、頭木弘樹さんのアメーバブログ(https://ameblo.jp/kafka-kashiragi/)の中で岡上容士さんが「「変身」において翻訳の解釈が分かれている箇所」として書いている記事、それから岡上容士さんが本人のnote(https://note.com/okanoue_kafka)で「「変身」において翻訳の解釈が分かれている箇所」として書いている記事を参考にしました。

今回の改訂に伴って岡上さんのnoteの記事の内容が一部変わる可能性がありますが、それは以下のようになると思います。(ここでは改訂した箇所すべてを挙げている訳ではなく、岡上さんの記事に影響を与えると思われる箇所のみを挙げています。)


(連載の第16回で扱われている範囲で)

「その一方で母親は」→「母親は」

「新しい調度品」→「新しい試み」


(番外編:「変身」第III部の、ある箇所の解釈について)

「父親は左の部屋では」→「父親は右を向いて」

「右の部屋では」→「左を向いて」

(注:この箇所は今回の改訂によって変わった箇所ではなく、2022年8月20日の改訂によってすでに変わっていました。)


(連載の第23回で扱われている範囲で)(連載の修正だより(7))

「十分に火を通した料理からは湯気が立ち昇っていた」→「料理からは湯気がさかんに立ち昇っていた」

2026年3月12日木曜日

「私とベイコン 大江健三郎」

日曜美術館「私とベイコン 大江健三郎」(1980年)が再放送されたので観た。
番組に出演した大江健三郎は聞き手の問いに答える形でフランシス・ベーコンの絵や自分の小説について話していた。番組は彼の言葉をそのまま放送していた。途中でベーコンの経歴に触れる場面はあったが、カメラはほとんどの時間ずっと大江の顔を映したままなので、視聴者は彼の言葉を聴いて自分で解釈しなければならない。

大江健三郎は自分の小説とベーコンの絵画との間に共通するものを見出している。ベーコンは肖像画ばかりを描いた。多くの作品でその顔や肉体はひどく歪められ、現実の人間をそのまま描いた絵とは思えないのだが、そこには奇妙な生々しさがある。
番組によると、ベーコンは人間のモデルを使って模写したのではなく、マイブリッジなどの人体写真を見ながら絵を描いたのだった。大江はそれを「写真を描き換えることでそれまで自分の知らなかったイメージを生み出している」と解釈した。大江は言う、素人の撮った写真は時として瞬間を切り取ることで被写体の思いがけない表情を写してしまう。時に相手をムッとさせるような。それは自分がイメージする自己の姿と異なるものが生じたことを表しているのだ。

ベーコンの表現する歪められた肉体は、ある意味で正確な絵だと言うこともできる。胸に突き刺さってくるような正確さという意味で。また、人間の表面をそのまま描くのではなく、多様性やあいまいさを含んだ正確さという意味で。彼は人体を複雑なイメージに描き換えており、そこにはイメージの運動がある、と大江は言っていた。

彼は自分の小説についても語っていた。僕は平凡な人間だ、僕の知っていることをそのまま書いても面白くない。小説を一旦書いてそれを書き換える、そのときにアクシデントのように予期しないもの、自分を超えたものが生まれる。そういう手続き、仕組みを作ることが小説を書くということだ、と。予想もしないものを生み出すという点で、彼はベーコンに自分と共通するものを見出していた。

番組の中で「同時代ゲーム」について言及があった。「日曜美術館」が放送された1980年は大江45歳。久しく見ることのなかった、とっくの昔に忘れていた若々しい彼の姿がそこにあった。
番組の構成は今の時代にはあり得ないものだろう。一人の人間の言葉を集中して聴く。そんな珍しい経験ができた。

2025年9月14日日曜日

小説「理由」と映画「理由」

「理由」宮部みゆき
映画を観てから小説を読んだ。
この小説の独特の文章は映画の語り口と比較するとさらに面白い。
小説は地の文章で読者に状況を説明し、「◯◯はこう言った」に続けて登場人物の会話文が来る。だがその会話文は各人が話した言葉でもあるが、読者に対する説明の役割も担っているのだ。会話文は作者に向けて話した言葉かもしれないし、読者に向けて話しているのかもしれない。その曖昧さが映画では俳優たちのセリフまわしの違いとなって現れる。

岸部一徳はカメラ目線のまま報告書のような、感情を込めない、棒読みに近い話し方をする。おそらく演出の通りに。それは小説の会話文は作者による読者への説明の一部だと解釈するものだ。
それに対して宮﨑あおいや南田洋子はインタビュアーという個人に向けて話しているようなところが少しある。裕木奈江の場合は明らかに「一人の相手に向けて話す」話し方である。小説には人物の会話の文章として書かれているのだから無理もない。そのように俳優によって話し方が違うところが面白い。

小説では早い段階で作者が顔を出す。小糸静子の言葉は作者の質問に答える形で書かれている。小糸孝弘とは交渉の末にインタビューできた、と作者は自分の事情を書いている。ところが映画では作家と思しき人物(中江有里)が出てくるのは最後近くになってからなのだ。その姿
を映画スタッフが撮影している。小説と映画が微妙に違っている。

この小説は不動産の競売やそれにまつわる強制執行と占有屋の話が主題となっている。読者にとって馴染みのない話なので解説しなければならない。小説全体の地の文と会話文がともに読者への説明の雰囲気を帯びているのは、この主題のためではないかと思う。映画では小林稔侍が重みある演技で観客に説明していたが、小説ほど詳しく説明することはできなかった。地の文がなくセリフだけなので仕方ないのだが。

小説でインタビューでなく客観描写になっている人物は、映画でもカメラ目線の説明口調をせず客観描写になる。映画は客観描写が普通なので何も思わずそのまま見てしまうが、小説の場合は読んでいて少し詮索したくなる。(ひょっとしてこの人物にはインタビューできなかったのかな…)などと。小説は作者の語りが全編に影響を与えているからだろう。

wikipediaには宮部みゆきの言葉として「映画ですごいセリフが出てきたなと思ったら、何だ、私が書いてたわ(笑)」とある。映画で小説と同じセリフはいくつもあるが、私が一番驚いたのは小説の最後の文章がそのまま映画で字幕として表示されることだった。ここは作者が報告の文体をかなぐり捨てて個人的な思いを述べている。そしてそれは映画のトーンと合っている。映画が監督の思いによって作られていることが分かる場面だった。

ちなみに映画で印象に残った宝井姉弟(伊藤歩と細山田隆人)が夫婦と間違われる場面は、小説では彼女を知る人間が私生児を産んだ彼女への悪口の一環として「若いお父さんだこと」と言っているだけだった。篠田いずみ(多部未華子)が小糸孝弘(厚木拓郎)に興味を持つ場面は小説にはなかった。大林映画とはそういうものなのだろう。

2025年8月17日日曜日

映画「あした」について

大林宣彦監督の映画では、登場人物は不思議な状況に巻き込まれたとしてもその状況から外に出ようとはしないし、外の世界の知識を用いて状況を解決しようともしない。
彼女(彼)は状況を分析解明するのでなくそのまま受け入れる。だからこそ監督の映画には人生経験の浅い少年少女がよく似合うのだ。
登場人物が足を踏み入れる不思議な世界は彼女(彼)がまだ見ぬ人生の長い時間を一瞬に圧縮したような世界である。青春時代をすべて凝縮させたような、あるいは人が生まれて、生きて、死ぬそのすべての時間を体感するような。
だから観客は彼女(彼)が状況を受け入れたことの是非を評価する必要はない。映画に描かれているのは人生をまるごと考察する視点なのだから。
人は人生を歩みながらその外側に出ることはできない。登場人物たちは具体的な個別の状況を受け入れているのではなく、人生の歩みを受け入れているのだ。

映画「あした」を観た。
赤川次郎の原作では乗客を乗せたバスが湖に転落する。そして一ヶ月経った後、亡くなったと思われていた乗客たちから家族や恋人へメッセージが届く。メッセージを受け取った者たちはバスターミナルへと向かうのである。
映画では船が乗客を乗せたまま瀬戸内海の海に沈没し、メッセージを受け取った者たちはそれぞれの方法で(自転車、バイク、自動車、自家用船など)船着場の待合所へと向かう。映画では原作よりもそれぞれの人間がどのような葛藤を経て待合所に向かったのかが描かれていた。また、待合所へと向かう道中の時間経過(出発時はまだ昼の明るさだったのがやがて夕暮れになり夜を迎える)が丁寧に描かれていた。
赤川次郎の原作の文章は簡潔だから基本的に小説より映画の方が人物像をしっかり描き込んでいる。だが描写が簡潔だからかえって不自然さが気づかれずに済むともいえる。死者と生者の共存がどこかのんびりしたものであったり、戯画化されたヤクザが登場したり。
それが映画になると、例えばメッセージとは無関係に待合所にいた法子(高橋かおり)は、いくら子供の頃からずっと思い続けていた貢(林泰文)と偶然出会えたからといってその日のうちに他の人たちから離れた場所で裸になって彼と抱き合ったりするのは不自然に感じられてしまう。原作はヤクザの組長を殺そうと企む彼を思いとどまらせるためと書いており、読者は(そういうものかな)と思ってそのまま進んでいく。だが映画でそれを俳優が演じるのはかなり難しい。難しいのは映画でヤクザたちが待合所の人を人質に取ろうとしたり、ヤクザ同士で格闘を始めたりするのも同じで、俳優には随分負担がかかったと思うが力技で彼らは演じ切っていた。

それでも基本的に映画は人物像をしっかり描き込んでいるため原作より映画の方が魅力的だった人物は多かった。
永尾(峰岸徹)の場合。部下の直子(中江有里)は当事者ではないが当事者よりもメッセージを信じていた。彼女の言葉にこの映画のすべてが集約されている。「私信じているんです。愛していれば、きっとこんなことも起こるだろうって。」それは永尾を励ますというような域を越えており、真剣な眼差しと口調は見る者に強い印象を残す。登場時間は短いがその存在は映画全体の進むべき方向を決めていた。
沙由利(椎名ルミ)の場合。原作の陸上選手の設定は会社に所属する水泳選手に変更された。更衣室の彼女を映したカメラは裸の彼女をとらえる。そんな姿を映す必要はほとんどないのだが…それは観客に魅力を振りまきアピールするのとは正反対の、恥ずかしさや情けなさの描写に近い。人間の格好悪さを最後に魅力へと変えるのが大林映画の特徴なのだろう。船の待合所にバイクで向かった彼女は山道で転倒し怪我をする。映画の途中から彼女は「頭に包帯を巻いた女」に変わってしまう。やることなすこと上手くいかない。さらに水泳部マネージャーの小百合(洞口依子)が待合室に到着し、自分が勘違いしたことを悟る。船とともに沈んだ唐木コーチ(村田雄浩)は小百合に宛ててメッセージを送ったのであり自分は関係なかったのだ、と。それは原作も同じなのだが、映画では唐木の求愛を小百合が拒んでいたという設定が加わり、唐木はやっと来てくれた小百合のことしか眼中にないため、沙由利に対して「なぜ君が?」「…そうか…君もさゆりだったんだ…」と言ってしまう。彼女が呼ばれていないことはよりはっきりし、彼女の不憫さが強調されてしまった。そんな沙由利が願うのは1分3秒余り(彼女のおそらく100メートル自由形の記録)の間彼に見つめられることだけだった。そのとき彼女はひざまずいて彼を見上げる格好になる。これを片想いの相手に対して卑屈な態度を取ったと考えるべきではないだろう。人間の死の厳粛さに敬意を払い、ままならない自分の人生にいったん区切りをつけたことを描いているのだろう。大林映画の登場人物は具体的な状況を受け入れることで人生を受け入れているのだから。
最後に彼女は呼子丸を追って海に入った恵(宝生舞)を連れ戻すため海に飛び込む。そのとき彼女の頭の包帯は取れているのだ。桂千穂の脚本と大林監督の目論見通り最後に彼女は魅力的な人物として観客の心に残ったと思う。

映画はほぼ全編にわたって音楽が流れる。他の映画であれば音楽が過剰だと感じるくらいに。だがこの映画の場合は気にならない。これは現実を現実のまま描こうとしている映画ではないのだから。
音楽のクレジットは岩代太郎と學草太郎。岩代太郎は現在でも映画やドラマの音楽を担当する人気作曲家。學草太郎は大林監督の別名義。どちらが中心となって曲を書いているかの詮索はやめることにしよう。映画に合った素晴らしい音楽だった。
特に船が水面に上がってくる場面の音楽は忘れられない印象を残す。呼子丸は静かに、極めて静かに浮かび上がってきた。水中から上がったにしては船体が濡れていないように見えたが、これは本当に船を沈め引き上げて撮影したらしい。(意外に大きい船なんだな)と私は思った。この大きさの船が自然に浮かび上がってきたとしたらそれに対して畏敬の念を抱かずにはいられないだろう。原作のバスを船に変えたことは正解だと思った。

大林監督の数多くある作品の中で観たことのある作品の数はそれほど多くはない。DVDを所有している作品はさらに少ない。だが最も繰り返しDVDを観ている作品は今のところ「あした」である。それは群像劇の形をとっていてさまざまな視点から観ることを許しているからなのだろう。この作品を観ることができてよかった。

追記
「大林宣彦のa movie book尾道」(2001年)を読んだら、「あした」の音楽はすべてのメロディーを學草太郎=大林宣彦監督が提供し、それを岩代太郎がオーケストレーションした、と書いてあった。

2025年4月27日日曜日

「詩人たちはフアナ・ビニョッシに会いに行く」

渋谷ユーロスペースでラウラ・シタレラ監督「詩人たちはフアナ・ビニョッシに会いに行く」を観た。
詩人のフアナ・ビニョッシが亡くなり、身寄りのない彼女は遺言により知り合いの若い詩人たちに遺産管理を任す。詩人の一人メルセデス・ハルフォンは映画監督ラウラ・シタレラに遺産分配の様子を映画にするよう依頼する。
遺産管理人であるメルセデスは遺品の価値を定めなければならない。この書き込みはフアナのものなのか、他人のものか。この紙切れは捨ててもよいものか、保存するに値するものか。詩はどこまで永続するものなのか。物の時間的な価値を定めることは科学でもあり信仰でもある。
詩人たちはフアナのことをよく知っているがラウラはそれほどフアナのことを知らない。映画ではメルセデスが映っている場面にラウラの演出の声がかぶさり、ときどきラウラ自身も映っている。だが両者の関心の有り様は異なっている。インディペンデント映画であるということは自分の立ち位置も含めた自分の存在に意識的であるということなのだろうか。パンフレットによるとラウラが指示を出す場面を映すこと、メルセデスが主役として振る舞うことは、映画を制作しながら決まったことだという。
映画には生前のフアナ・ビニョッシを映した映像が挿入される。自作を朗読する彼女の映像にメルセデスとラウラの思索が重なる場面がこの映画の白眉だと思った。彼女たちは詩について、あるいは映画について語りながら、それぞれの立場からフアナの詩へと接近し、そこには確かにポエジーと呼べるものが現れていたから。「詩は決して交わらない二つのものを交差させる」これはフアナ・ビニョッシ本人の言葉である。
この映画はフアナ・ビニョッシの伝記映画ではない。メルセデスやラウラとフアナとの関係性から詩の本質に迫ろうとした映画である。関係性によって詩が生じる瞬間をとらえたともいえる。
これは観てよかった。 

2025年3月15日土曜日

アンドプレミアム「カフェと音楽。」

アンドプレミアムの2025年1月号「カフェと音楽。」は良かった。音楽家や作家などさまざまな人たちが一軒の喫茶店やカフェとCDやレコードの一枚を取り上げる。あるいは音楽にこだわるカフェを取材してその店でよくかかっている曲。店主の勧めるCDやレコードたちを紹介している。ジャズが多いのだけれど無論それだけではなく、私の知らなかった音楽が満載でとてもためになった。

雑誌の中にはビル・エヴァンスの「You Must Believe In Spring」を「破滅的に美しい」と言って誉めていた人がいた。エヴァンスの破滅的な生活を念頭に置いての言葉だったのかもしれないが、「破滅的に美しい」は音楽の形容として心に残るいい表現だった。この雑誌に載っていたわけではないが、坂本龍一の「美貌の青空」を「縁起悪いほど美しい」と形容した言葉を思い出した。あれもいい表現だった。

そういえば私はこれまでジャズを聴いてこなかった。試しに小曽根真さんのラジオをしばらく聴いていた時期があったが今となっては何も記憶に残っていない。かかった曲の一曲も、とりあげた音楽家の一人の名前すらも。そんな私がエヴァンスの「You Must Believe~」のレコードを聴いているのだからわからない。一曲目「B Minor Waltz」は初めて聴いてすぐ引き付けられた曲で特に印象に残っている。もしかするとこれからもジャズを聴く時間は少ないかもしれないけれど、それでもこうしてきっかけが生まれたのは大きい。その意味でアンドプレミアムには感謝しなくてはならない。

エヴァンスのアルバムでは「undercurrent」も挙がっていた。エヴァンスのアルバムというけれど、レコードで聴くとピアノよりもギターが主役に聴こえる。そしてギターを意識しながら聴くとどういう曲なのか前より分かった気がしてくる。ピアノの音が割れ気味とか欠点も感じるけれど、これはレコードで聴いてよかった。手に入れたのはDOL盤で普通に買えるけれど、高音質盤と噂のMobile Fidelity盤にも出会えるものなら会ってみたい。

時代がCDになる前、昔レコードを聴いていたときは特に音に愛着を感じていたということはなかった。CDの時代になってオーディオ機器のセッティングに少しはこだわり、自分の好みに音を調整できるようになって、さてそこにレコードプレーヤーを据えてみると、その音の良さが感じられるようになった。耳に馴染みのよい親しみのある音。メディアが違えば音も違うのだと考え、CDとレコードは別物と割り切って聴く。昔のカセットテープを(あるいはテープからCD-Rに録音したものを)聴くこともあるかもしれない。今になってやっとオーディオシステムが固まり音楽が好きになってきたような気がする。

坂本龍一の「美貌の青空」を彼のソロアルバムでなく大貫妙子+坂本龍一「UTAU」収録の方で聴いた。売野雅男の歌詞はおそらくヴィスコンティの「ヴェニスに死す」を題材にしているのだろう耽美的な歌詞。「縁起悪いほど美しい」とはつまりそういうことなのだった。

2024年12月28日土曜日

小山清について

小山清「小さな町・日日の麵麭」(ちくま文庫)は堀江敏幸が解説を書いているが、それを読むと少し意外な気がする。解説を任された人間は作者や作品について肯定的な文章を書くことが多いが、今回の彼はそうしていないからだ。むしろ小山清の甘さ、作品の弱さを指摘する論調で一貫している。
彼は解説の中で「評伝小山清」(田中良彦著)を引用しながら小山の人生をたどる。小山清は島崎藤村の紹介で日本ペンクラブに勤めていたことがあるが、彼は後に会社の金を着服して罪に問われ、八か月刑務所に服役した。堀江はそのことに触れ、「看守に対して感謝を記している一方で、藤村への言葉は見られない。」と書く。
さらに堀江は「小山はつくりものでない善意を身にまとい、目の前の人間になにも強いることなく、それが冷淡に見えない人々を求めていく。」と書き、小山が新聞の配達員になったとき顧客が彼に向けた好意に触れ、「語り手を支えているのはこの距離感である。本性的な弱さとも言えるだろう。」と書く。
「作中人物は小山と同じように周囲の助けを借りつつ悪所に通い、麻雀に溺れ、借金をこさえて親の金を奪おうとさえする。」
「つくりものの善良さを盾にしない人々を、たとえ後ろ暗い面があっても信じること。信じることで自分も救われるのだ。」
「師の太宰には小山清の前歴も他者に対する甘えも作品の弱さもすべて見えていた。」という具合である。
堀江は解説の中で小山清の甘えや弱さを指摘する。自分が罪を犯したとしてもそんな自分を許し受け入れてくれるような相手を求める。他者の悪に目をつぶり、他人を美化して描こうとするのは、自分の悪行に目をつぶり自分を受け入れてほしいからだ、と。

私も「評伝小山清」を読んでみた。すると著者の田中良彦は小山清の作品の本質として隣人愛を挙げていた。小山は一時期であるがキリスト教に入信していたことがあるから、隣人愛という言葉には聖書に書かれている意味での隣人愛も含まれている。
小山は随筆「親切について」で次のように書いている。「思いやりだけが、私達を一切の我執から解放してくれるからである。嫉妬だとか見栄だとか憎しみだとかいふ、私達の心や目を暗くする偏見の原因が、私達の心から払拭されるからである。」
田中良彦は「(小山の隣人愛は)身近な他者との架橋が可能であり、さらに隣人愛を与えられる側であるために、小山の作品から読者は慰めを得られるのであろう。」と結論づけている。
小山清の作品には確かに人の親切心が描かれていると私も思う。だがそれは聖書における隣人愛に限られるのだろうか。それについて考える前に、「評伝小山清」でとりわけ印象に残ったことについて書くことにしよう。小説の登場人物の裏側についてである。

小山清は学校を卒業した後、日本ペンクラブで働く前に、中里介山を頼って西隣村塾に行った時期がある。「大菩薩峠」で知られるこの作家は、精神生活と農業生活を合一させることを目指して私塾を開いていた。入塾した小山は介山の著作の活字組みや子供たちのために日曜学校の先生の仕事をする。
当時を回顧した「西隣塾記」の中で、小山は塾に鳴尾正太郎という人物がいて彼と親しくなったと書く。黒ずくめの詰襟服を着た、少年のように若々しい顔をした男。東京神学社で小山と同じ高倉徳太郎から受洗したキリスト者。讃美歌のうまい、日曜学校の子供たちから愛された男。
ところが田中良彦によると、鳴尾正太郎という人物は西隣村塾には存在しなかった。東京神学社の学生にもいない。鳴尾は小山が造型した人物なのである。
「西隣塾記」でとりわけ印象に残る「鳴尾君」が創作だというのは私にとって意外なことだった。小山清という作家は現実に自分の身の周りにいる人間を観察して、その人物の長所を小説に書いているのだと思っていたからだ。
「朴葉の下駄」の登場人物については逆の意味で意外だった。私は作品に登場する芸妓は小山の創作だと思っていたからだ。だが田中良彦によると、あの芸妓は実際に小山にとって馴染みの吉原の芸妓であり、彼女のために小山は日本ペンクラブの金を使い込んだ可能性があるというのである。
なぜ私が彼女を創作の人物だと思ったかというと、それは彼女の描写の仕方にある。細い眼、低い鼻、百姓娘であって発音にひなびた響きがあり、語り手が眠ってしまうと彼の隣で寝息を立てている女。これは本当に男女の仲にある女のことを描写したものなのだろうか。語り手は彼女と日光へ旅行に行く。二人で宿に泊まり、宿帳には彼女のことを妻と書く。だが最後まで体の関係のことなどおくびにも出さない。恋心すら描写しない。それでいて彼女は自分にとって大切な存在だというのだから──まるで自分の家族か何かの描写のように思えてくる。
同じことは「前途なお」についても言える。語り手の父親は義太夫の師匠をしていたが、その内弟子だった金沢イエという女性。住み込みで家に来ていた、語り手にとって子供の頃から馴染みの存在。
イエのことを語り手は自分の人生に光をもたらしてくれた人、自分がどんな行動を取ろうとも決して自分を見捨てなかった人として書く。私は初めイエに対する語り手の気持ちを恋愛感情なのかと思ったが、それにしてはあまりにも恋愛の負の側面の描写がなさすぎ、その代わり絶対的な尊敬の念が強すぎる。だから私にはイエを現実には存在しない、想像の中にある理想の人物のように感じていたのだった。

小山清は長編小説で一人の人間を丸ごと描こうとすることはなかったし、対象をあくまでも語り手「私」の目に映った姿として書くことが多かった。それは人間が他の人間を思いやるときの心の美しさを描写しようとしたためだろう。
小山清には登場人物の書き方に特徴がある。彼は小説を書きながら考え、登場人物を書きながら考えているのである。
「僕はこうして君にあてて書いていますが、もとより君に見せるためではありません。ただ君にあてて書くということで、自問自答をしているだけなのです。」(夕張の友)
「私は最早、小説にしなければものを考えることの出来ない、厄介な人間になってしまったのである。」(私について)
小山にとって登場人物とは、あらかじめ決められた通りに造形されるものではなく、まるで初めてその人物に接したかのように、書きながら知ってゆくものだった。語り手が登場人物に示す思いやりは、よく知った上で相手のことを思いやろうとする作者の心の動きに寄り添ったものなのである。
これは聖書の隣人愛に近いものかもしれないが、もっと日本人が普段の生活で見せる他人への親切心に近いもの、読者にとって共感しやすいものであり、もっと作者の思考や筆の運びに密着したものだ。

堀江敏幸が小山清の本の解説を書いたのはちくま文庫だけではない。みすず書房から(大人の本棚)シリーズの一冊として出版された「小さな町」にも堀江の解説が載っている。2006年発行。「小さな町・日日の麵麭」の文庫は2023年だったからそれより前だ。
解説は「小さな町」を構成する短編たちの内容に触れて次のように書かれる。
「語り手が心を許し、許され、またかかわりをもちうるのは、なにがしか欠損のある弱者ばかりだ。少年少女、身体の不自由なひと、朝鮮半島や済州島出身者、家庭に複雑な事情のある独身者、非合法活動による投獄という前科のある女性。彼らはみな、役に立っていないようでいて、じつはだれかを支え、力になっている。」
「おじさんの話」に触れ、「背伸びをして自分を完璧な「平凡」に近づけようなどと気負わず、背骨の曲がりは曲がったまま、首のゆがみはゆがんだまま、鈍い頭は鈍いままで生きていこうという勇気を持って与えてくれる一篇だ。この強さと弱さを双方兼ね備えて、なおかつ人の上に立たないという静かな覚悟こそが、短篇集『小さな町』の隅々にまで張りめぐらされた道標なのである。」と書かれる。
みすず書房の解説は決して小山を突き放すような書きぶりではなかったのに、それが後年のちくま文庫では彼の短所を指摘する文章に変わった。それは二つの同じような解説を書くことを良しとしない評論家としての矜持によるものだろうか。あるいは自身も作家であり学者であるという立場から、作家の長所だけでなく短所も見つめる公平な判断をしようとしたためだろうか。
だが小山清について文章を書くなら、彼の長所と短所のすべてを分析して解説するよりも、浅い関わりの他人を思いやって書く方がよりこの作者に相応しいだろう。
そう考えるなら、より早く書かれた「小さい町」の解説の方が、より小山清その人に寄り添った解説だったと言えるだろう。

2024年10月31日木曜日

芥川龍之介「本所両国」「トロッコ」

 私の中で芥川龍之介「本所両国」と「トロッコ」は近い関係にある。
「本所両国」で芥川は両国界隈を歩きつつ、明治の頃の思い出の景色と関東大震災を経た現実の景色とを重ね合わせる。この作品のクライマックスは泰ちゃん——下駄屋の息子、木村泰助君の作文を思い出す箇所にある。
小学時代の芥川は作文を定型的な美文調で書いていた。虹を題にして作文が出題されたとき、彼は自分の作が一番になることを予想していたが、一番になったのは彼ではなく泰ちゃんだった。教科書の匂いのしない生き生きとした口語文。夕立ちの通り過ぎたことを感じさせる文章。彼による自作の朗読を聞いて芥川は感動したのだった。淡々とした描写が続く随筆風の作品にあって、最後に感情の高ぶりが現れるのである。

それは「トロッコ」でも変わらない。作品のクライマックスはトロッコに夢中になって家から遠く離れてしまった主人公が、夕暮から夜に変わる道を一人我が家目指して必死に走る場面である。家にたどり着いた主人公は大声で泣き叫ぶのだが、どうも大げさな気がしてならない。少年の主人公にとって帰りが少し遅れたことがそんなに大ごとだったのだろうか、本当に当時の彼は泣いたのだろうか、という気がする。
だが最後に登場する二十六歳になった現在の主人公が、当時を懐かしく、愛おしく思い出しているのなら、少年の彼が泣き叫んだこともある意味で真実なのだといえる。作品の中で感情の高ぶりが姿を現したから、それを思い描いた現在の主人公が姿を現して物語は終わるのである。一体この作品は何だったのか、誰が何のために書いていたのかが最後に明かされる小説だとも言えるだろう。
両作品において大切に描かれるのは、懐かしいもの、心揺さぶられるもの——それは憧れや寂しさに裏打ちされたものであるかもしれないが——なのであり、それが作品のクライマックスを形作るのである。

2024年4月19日金曜日

私と翻訳(改訂版)

「私と翻訳」を改訂しました。構成が大きく変わっているわけではありませんが、文章の流れが良くなるように書き換え、自分についての説明を少し足しました。

(以下、「私と翻訳」改訂版)
かつて世田谷文学館で澁澤龍彦展が開かれたとき、彼の翻訳原稿を見たことがある。ほとんど書き直しのないきれいな原稿だった。なぜあれほど修正が少なかったのかわからない。下書きが別にあって清書したのだろうか。フランス語と日本語とでは文章の構造がまるで違うはずだが、どのように訳したのだろう。

私が趣味でドイツ語の小説の翻訳を始めたとき、初めて取り組んだのはムージルの「愛の完成」だった。ドイツ語の中でもとびきり難解な文章。すでに古井由吉さんの翻訳があるのにさらに翻訳する価値などあるのだろうか。だが私は人妻の不倫という題材を扱ったこの小説を、もっと自分好みの訳文で読むことはできないだろうかと思ってしまったのである。翻訳を出版するわけではなく、趣味として自分だけのために訳すのだから実力不足であってもかまわないだろう。初めのうちはこの名詞は4格だからこの動詞の目的語だ、などといちいち考えながら(初歩的すぎると呆れないでほしい)一歩一歩進んでいった。

締め切りもなく、自分の楽しみのために翻訳をすることは実は楽しいことである。翻訳を始めた当初は精神的に少し不安定だったが、一つの文章に徹底的に集中して考える行動は心の安定のためによかった。原文はどれほど時間が経っても変わらずにそこにあり、いつまでも待ってくれる。翻訳文を作るときは一つの文章ならそれほど長い時間がかかるわけではない。問題に対して比較的短時間のうちに自分なりの解答が得られるのは良いことだ。あとはそれを繰り返すのである。その場合も「愛の完成」のような中篇程度の長さであれば、長い作業だという感覚の中に、時間はかかるだろうがいつかは終わるという安心感がある。やがて翻訳の文章は少しずつ増えてゆき、自分の歩みを形として実感できる。自分はこれだけ進歩したのだ、と。

翻訳の文章の書き直しにはどこかオーディオ機器のセッティングにも共通するものがあると思う。プレーヤーは、アンプは何にするのか、スピーカーはどのように配置するのか、ケーブルは何を選ぶのかなど、やるべきことはたくさんある。だがそれはある意味で音のバランスを整えているようなところがある。高い物を買えば買うほど音がよくなるというものではない。低音から高音まで、柔らかい音から鋭い音まで、凹凸があるのを平らにする、バランスを整えて自分の好みの音を作っているというべきだろう。

翻訳について考えてみても、自分の好みを押し通すだけでなく、読者にとってどのような文章が分かりやすいか、どんな単語を選びどんな文章構造にするのか、あれこれ考えながら翻訳文を作ることになるだろう。原語の文章構造を考え、その意味を上位概念で把握し、それからその意味を表現するような日本語を考える。いったん上位概念に上がり、また具体的な文章に下ってくるような感じと言ったらよいだろうか。

ときどき思うのだが、現に書かれている文章よりも上のレベルで物事を考えることは、今の自分を高めようとする意識とどこかでつながっているのかもしれない。その場合の自分を高めるとは、優れた人間になるというようなものではなく、バランスが取れた状態を目指すという意味になるだろう。体の調子が整っているとか、心の安定が保たれているということ。

「愛の完成」のときは何度も推敲して何度も訳文を書き換えた。それは後から読み返すと不満を感じたからだが、自分の文章を何度も読んでいるうちに慣れてしまい感動できなくなったという理由もあったかもしれない。そう考えれば、翻訳を何度も書き換えることも、どんどん高みへと昇ってゆくようなものではなく、自分に対して新しい存在、新鮮な驚きを与えてくれる文章を求める旅のようなものになるだろう。

宮澤賢治も何度も自作を書き直す人だった。作品が完成してからも何度も改訂を加えているが(「銀河鉄道の夜」は飛び抜けて有名だが、それ以外にも改訂している作品は多い)、それはその時点で最もよい形態にするものであり、決定稿、最終稿を求めるという感じではないのだった。それは彼にとって日々の暮らしとともにあるもの、修行のようなものだったのかもしれない。

「トニオ・クレーガー」を翻訳したときは以前ほど書き直すことはなかった。翻訳の際の自分の文章がやっと固まってきた、書き直すにしてもすべてを最初から書き直すのでなく、修正にとどめることができるようになったということなのだろうか。そう考えれば、趣味で翻訳を始めてから時間が経ち、今やっとスタートラインに立ったといえるのかもしれない。

自分が進歩していると感じること、自分にとって世界が新鮮な驚きに満ちていること。翻訳という作業がそんな喜びに満ちたものであったらすばらしい。そんなことを願ってやまない。

2024年3月10日日曜日

プロフェッショナル仕事の流儀「ジブリと宮﨑駿の2399日」

プロフェッショナル仕事の流儀「ジブリと宮﨑駿の2399日」を観た。かなり以前に録画してあったものを最近になって観た。

画面の中のジブリ社内の机や台所はインテリア雑誌に登場する室内のように美しかった。別荘の山小屋の仕事机も美しかった。宮﨑さんが散歩に出かける近所の景色もまた美しかった。ほんの少しの編集を加えるだけで、それはドキュメンタリーでなく映像作品になるだろう。実際に番組はドキュメンタリーから離れかけていた。現在の映像の間にさかんに過去の映像を挿入する。宮﨑アニメの過去の作品の場面を挿入する。撮影兼ディレクターの荒川格さんの作品と言ってもおかしくないものになっていた。

映像の中の宮﨑さんは常に高畑勲さんのことを意識していた。現在の場面ではすでに高畑さんは亡くなっているが、過去の映像が挿入されるとそこでは高畑さんが笑顔でしゃべっている。気の弱い少年だった宮﨑さんを変えた人。会社の先輩であり、若き宮﨑さんが自分のアニメ作品を完成させる上で指針となった人。常にそばにいて宮﨑さんが優れた作品を生み出すようプレッシャーを与え続けた人。未来少年コナンは宮﨑さんが一人で製作に取り組んだが、一話の絵コンテを描いたところで力尽きてしまい、そこで手を差し伸べたのが高畑さんだったという。ナウシカのラストシーンは高畑さんのアドバイスだったという。

だが何だか不思議な気がする。観客として私から見た宮﨑さんは誰にも負けない面白い作品を作り出すことができる人、何でもないシーンを魔法のように輝かせることができる人であり、高畑さんに畏れを抱く理由などないから。また、私の知っている宮﨑さんは自分の作品に自信が持てないとか、誰か他人の作品が自分より上かもしれないとか、そんなことを考える人ではなかった。

宮﨑さんは自分の弱点がテーマの設定にあると思っていたのだろうか。そして作品のテーマについて深く理解しているのは高畑さんであると。だがどの作家にとってもテーマというものは難しいはずである。そして自分の作品の中でそのテーマを見つけるのは宮﨑さん本人しかあり得ないのであって、高畑さんではない。

テレビアニメの名探偵ホームズを思い出す。何人かの脚本家が交替で脚本を務めていたが、宮﨑さんの回はいつでも面白かった。それは脚本と演出の両方の能力のうち、特に演出の才能が際立って優れているということなのだろうと思う。どんなシーンでも印象に残る面白いものにしてしまう能力。

ルパン三世1stについて言えば、宮﨑さんはシリーズの前半には関わらず、後半から関わっている。だが全体としてみれば、私はシリーズの前半が好きだった。前半の不二子はあくまでも謎の女であり、ルパンに対する誘惑者だった。五ェ門は自分の美学を突き詰めた滑稽な男だった。ルパンには世間に対するニヒリズムと困難に挑む行動力の両面があった。そこには人間ドラマがあり、物語には複雑な陰影があった。

私は宮﨑作品を観るとき、明確なテーマがあり、目標が定まっていて、途中経過はその目標に向かうためにあるような作品を好んでいたのかもしれない。物語が目的地に向かう旅であるとするなら、その道にどのような美しい景色が広がっているか、誰と道中をともにし、どのような会話がなされるか、どのような事件が待っているかで私たちを楽しませてくれるような作品たち。

私は宮﨑作品に明快さを求めていたのかもしれない。例えば戦いの勝利、悪者の退治、少女の救出という明快さ。そのためだろうか、私は公開当時に「千と千尋の神隠し」を理解することができなかった。主人公の前に未知の世界が現れ、つぎつぎ事件が起きるが、それぞれの事件は主人公の内面の変化に影響するのであって物語の結論に影響するのではない。湯屋での騒動は物語がどこかに向っているという感じがせず、電車に乗るシーンは美しいが千尋にとってどのような意味を持つのかわからない。この作品に対する「少女の生きる力を呼び覚ます」という評を見たとき、その解釈は私からは生まれないと思った。どうやら私は宮﨑さんに対して固定観念があり、いつも同じ作品を求めていたようだ。

宮﨑さんは今回の映像の中で「脳みそのフタを開ける」「狂気の境界線まで行かないと映画って面白くならない」という言葉を発していた。可愛らしい少女を描いた健全で穏健な映画を目指しているわけではなかった。少なくとも、醜くドロドロとした危険なものを排除しているわけではなかった。

映像の中で現在の宮﨑さんと過去の宮﨑さんは容姿がかなり違っている。今は髪も白くなり、髭を生やし、やせている。見続けている人はそうは思わないだろうが、別人といってもよいほど違って見える。私の頭の中で宮﨑さんは昔の姿のままであり、現在の姿ではない。高畑さんが隣にいて、仲間内で陽気にはしゃぐ活力に満ちた人の姿。

番組は映画が完成し、日常が始まったことを伝えて唐突に終わる。結論は映画の中で語られるべきものであり、現実の生活は映画の結論とは無関係だと言っているようだ。映像の中で鈴木敏夫さんが「(宮﨑さんにとって)映画の中が現実。現実が虚構」と言っていたように。

2024年2月6日火曜日

私と翻訳

かつて世田谷文学館で澁澤龍彦展が開かれたとき、展示されていた彼の翻訳原稿を見た。ほとんど書き直しのないきれいな原稿だった。フランス語と日本語とでは文章の構造がまるで違うはずだが、どのように訳したのだろう。日本語の長い文章を頭の中で組み立てて一気に書いた、ということなのだろうか。

私が趣味でドイツ語の小説の翻訳を始めたとき、初めて取り組んだのはムージルの「愛の完成」だったが、まず日本語として成立する文章になるまで何度も書き直し、全文の翻訳が終わってからも数え切れないくらい訳文を書き換えるはめになった。後から読むと不満な箇所だらけだったから。だが適切な文章を探して自分の書いた文章を推敲し、何度も書き直すのは、実は楽しいことでもある。文章を書き直すたび、自分は進歩しているのだ(それが錯覚であろうとも)という気がしてくるからだ。

宮澤賢治も何度も自作を書き直す人だった。作品が完成してからも何度も改訂を加えているが(「銀河鉄道の夜」は飛び抜けて有名だが、それ以外にも改訂している作品は多い)、それはその時点で最もよい形態にするものであり、決定稿、最終稿を求めるという感じではないのだった。それは彼にとって、人生において日々の暮らしとともにあるもの、修行のようなものだったのかもしれない。

翻訳の文章の書き直しというと、私はオーディオ機器のセッティングにも共通するものを感じている。プレーヤーは、アンプは、スピーカーは何を買ったらよいのか。スピーカーはどう配置するのか、ケーブルは何を選ぶ、タップはどうする、インシュレーターをどう置く、など。やらなければならないことはたくさんある。

でもそれはある意味で音のバランスを整えているようなところがある。例えば直接音を出していないケーブルやインシュレーターについて、高い品物を買えば買うほど音がますますよくなるとしたら何だかおかしいではないか。低音から高音まで、柔らかい音から鋭い音まで、凹凸があるのを平らにする、こうあってほしい音の響きを出す、あちらを引っ込めこちらを出っ張らせて好みの音を作っていると考える方が自然だろう。

翻訳についても、自分の好みを押し通すだけでなく、読者にとってどのような文章が分かりやすいか、どんな単語を選びどんな文章構造にするのか、あれこれ考えながら翻訳文を作ることになるだろう。あるいはそれは、日々の暮らしをどのように行うかとどこかでつながっているともいえる。体の調子が整っているとか、心の安定が保たれているとか、バランスが取れている状態を目指すという意味で。

翻訳のとき人は原語の文章構造を考え、その意味を上位概念で把握し、それからその意味を表現するような日本語を考える。いったん上位概念に上がり、また具体的な文章に下ってくるような感じと言ったらよいだろうか。いま書かれている文章よりも上のレベルで物事を考えることは、今の自分よりも上の状態を目指すこととどこかで共通しているだろう。そして具体的な文章が目の前に現れたとき、それは自分に対して新しい存在、新鮮な驚きを与えてくれるものとなるだろう。

自分が進歩していると感じること、自分にとって世界が新鮮な驚きに満ちていること。翻訳という作業がそんな喜びに満ちたものであったらすばらしい。そんなことを願ってやまない。

2023年12月3日日曜日

映画「アポロニア、アポロニア」

菊川Strangerで「アポロニア、アポロニア」を観た。

前回観た映画は「春原さんのうた」だった。日常のような景色を新鮮な気分で集中して観ることができ、聴こえる音に耳をすますことができた貴重な体験だった。そのためもあってか、このカフェが併設された席数49のこじんまりした映画館に対してどこか親しみのようなものを感じている。期待して映画を観た。

このドキュメンタリー映画でレア・グロブ監督はアポロニアがまだ美術大学の学生だった頃から13年間に渡って彼女を撮り続けた。

アポロニアの人生は波乱万丈だった。彼女の家族が暮す家は劇場であり多くの芸術家たちのたまり場だった。両親は彼女が生まれる前から(!)アポロニアの姿を映像に収めており、その映像は映画の中でも一部使われている。彼女が子供の頃に両親は離婚し、母親とともに劇場を追い出された彼女は生命が危ぶまれるほどの重病を体験している。後に彼女は生家である劇場に戻るのだが、そこは女性権利団体FEMENの拠点となり、アポロニアは代表のオクサナと親しくなる。その影響があったのかなかったのか、後に劇場は放火され、さらに彼女は傷害事件に巻き込まれそうになった。

そんなことがありながら彼女は職業として画家を選んだ。選んだからにはどれほど人生が困難に満ちていたとしても絵を描かなくてはならない。美術大学を卒業するまでは絵のことだけを考えていられたが、プロとして生計を立てるには絵を売るために人脈を作り、絵を描くことのできる環境を作らなくてはならない。芸術は人生とは別にあるものではないのだから。

初めて個展を開いたとき、彼女は「絵に十分な時間をかけられなかった」と言い、評論家は「描かれた人物が死者のように見える」「対象に対する愛が感じられない」と言った。彼女は自分が絵を売るために魂を他人に売り渡したのではないかと思って泣き崩れるが、「○○がない」と分かるということは、それが大切なものだと分かったことの裏返しだ。

彼女は確かに周囲の状況に追われるように絵を描いたが、自分にとって大切なもの、自分の愛の対象を見失ってはいなかった。当初はモデルを使って絵を描いていたが、後年になって描く対象は人生において彼女が関わった女性像へと変わった。その中には後に自殺したオクサナが描かれた絵がある。批判された当時の彼女の絵のタッチと、称賛されるようになってからの彼女の絵のタッチがそれほど大きく変化しているとは思えない。対象を見つめる眼が深化したということなのだろう。

レア・グロブ監督の撮影は通常のドキュメンタリーではない。アポロニアに対するカメラの接近度合いは恋人、家族の視点に近い。ある場面で男のカメラマンが、宣伝写真なのだろうか、彼女を撮っていた。数十メートルはあろうかというアナルプラグの形の立体作品の前でアポロニアは「裸になりたい」と言った。男のカメラマンはやんわりと拒否する。その様子を映画のカメラはとらえている。アポロニアはレアに向けて撮ってくれと言い、レアはそれに従って裸の彼女を映像に収める。信頼の度合いが男のカメラマンとレア・グロブとでは異なっているのである。

監督は客観的な無色透明の立場で彼女にカメラを向けることをしなかった。単にアポロニアを撮るだけでなく、彼女の人生に関わり、自分自身も途中で病に倒れながら何とか復帰して映像を撮り続けた。あれほどの困難を乗り越えてなお映画を完成させるのは愛情でなくて何だろう。この映画は芸術家の成功が描かれ、男性に依存しない自立した女性像を提示しており、それは現代社会に受け入れられそうな題材である。だがこの映画の本当の要は、撮影者が被写体に対して愛情を持っていたことにあると私は思っている。

2023年11月9日木曜日

ムージル「愛の完成」感想

ムージルは「寄宿生テルレスの混乱」で作家としての第一歩を踏み出した。
物語は少年テルレスが親元を離れ、全寮制の学校に入学するところから始まる。彼は同じ学校の生徒である他の少年たちとさまざまな体験をするが、とりわけ重点が置かれているのは少年たちによる一人の生徒への虐待である。バジーニという生徒が周りの少年たちから精神的だけでなく肉体的にも痛めつけられるのだが、それが物語のクライマックスになっている。その光景を目にしたテルレスは目もくらむほどの強烈な性的衝動を感じるのである。
物語はテルレスがバジーニの件で退学することになって両親の元に戻るところで終わり、彼のその後の人生を描くことはない。後に彼が加虐に性的な喜びを感じる人間になったとか、同性愛者として人生を送ったなどと書かれることはない。
ムージルの筆は性の衝動がテルレスにとって未知の衝撃として襲いかかるその一瞬に着目しており、性の衝動を生活の一部として表現したり人生の中に位置づけたりしていない。さらにムージルの次作を見ても、性愛は重要な位置を占めているものの、主人公の生活を描くことに主眼は置かれていないのである。

ムージルが「テルレス」に続けて出版した短篇集「合一」は、「愛の完成」と「静かなヴェローニカの誘惑」の二作品からなる。ここでは「愛の完成」について書くことにしよう。
この作品には主人公クラウディーネが夫から離れ一人で旅をする途中で行きずりの男と不倫を行うまでが書かれている。だがその文体や内容は通常の小説からはかけ離れている。抽象的で難解な、濃い霧の中を歩いているような、焦点の合わない画像を見つめるような、自分がどこにいるのか分からなくなるような文体。彼女にとって夫との関係に何も問題はないのだから、不倫を行わなければならない理由は見当たらない。しかしクラウディーネは一人で思索にふけりながら不倫を行うことは可能だと考える。

私たちは、私たちのような人間は、もしかするとこんな人間たちとも一緒に暮らせるのかもしれない。

そのとき彼女は、私は他の男のものにもなれるのかもしれない、と考えることができた。そしてそれが不実ではなく、何か究極の結婚のように感じられた。 

人がしばしばどこか遠い場所に何かを見つけ、自分とは無縁のものだと思っていたのが、いざその場を離れ、その何かが自分の生活に関わる領域のある地点まで入り込んでくると、自分が以前いた場所は今は不思議なことに空っぽで、自分は昨日これやあれをしたのだと想像する必要があるというのはなぜだろうという気がした。

彼女は不貞を日常に開いた裂け目あるいは深淵のようなものとして想像する。そしてもしもその中に身を投じるなら自分はその状況に順応するだろう、と考えるのである。これは新たな別の生活が始まるということとは少し違っている。抽象的な文章は不貞を生活の中に存在するものとして描こうとしない。生活とは異質なもの、異なる次元にあるものとして不貞がとらえられているのである。

こういった人々の中には、私にはふさわしくない、私とは他人だと思うような男が暮らしている。けれどももし私がその男にふさわしい女になっていたなら、今日そうであるような自分については何も知らなかったかもしれない。

もしも私がこの男たちの一人の生活圏内に閉じ込められたとしたら、そのときなるであろう人間に私は実際になり得るのだろう。そしてその場合の現実の出来事とは、ある意味どうでもよいものでしかなく、脈絡もなく生じた裂け目からときおり一瞬だけ吹き出すようなものであって、その下の誰も足を踏み入れたことがなく、決して現実とはならないものの流れの、孤独で俗世を離れた優しい音は誰も聞くことはないのだろう。

任意の一秒はどれも深淵のようなものであり、人を病人に変えたり、他人に変えたり、色あせたものに変えたりするのだが、単に誰もそれに気付かないだけなのだ。

それはまるで、人が途切れることなく話しているとき、どの言葉も前の言葉が必要としていた言葉であり、また次の言葉を必要としているというふりをするのだが、それは言葉が途切れた沈黙の瞬間に何か想像もつかないふらつきを感じ、また静寂によって言葉が分断されるのが怖いというようなものだ。けれどもそれは、人のすべての行動の相互間には恐ろしい偶然性が口を開けているということに対して、ただ不安になり弱気になっているだけなのだ……

この作品の裏側に隠れているもの、決して明らかにならず底流のように潜んでいるものとしてクラウディーネの不感症的傾向がある。ムージルの筆は抽象的であいまいだからそのような傾向を読み取るのは意味を限定しすぎているという誹りをまぬがれないが、拙訳はそのように訳した。
クラウディーネは性の世界を自分から離れた異質なものとして想像する。異質なものであるからこそ、それは自分には制御できないものであり、外側から自分を誘うものであるように感じるのである。

他の人間にとっては愛の場面で意識もしないような固くしっかりした基礎の部分に、彼女の場合は不確かなもの、何かゆるんだもの、暗く閉ざされた感覚があるのだった。我を忘れた興奮にあこがれる、どこか病んだ自分に対するかすかな不安が彼女にはあり、究極の絶頂感に対する予感があった。そしてそれはときおり、まるで人に知られぬ愛の苦しみが自分に定められているような予感になるのだった。

彼女はその瞬間、彼女の体はそれ自体の感覚をまるで故郷のようにぼんやりとした障壁として覆い隠している気がした。肉体自体の感覚は誰よりも近いはずの彼女に対して閉ざされており、不意にそれが夫と自分とを隔てる紛れもない不実であるように感じられた。

クラウディーネの不倫相手は参事官と呼ばれるが、彼が何者なのかははっきりしない。だがそれはこの小説の抽象的な文章にふさわしいともいえる。すべての文章はまるで方位磁針のように不倫という結末を指し示し、主人公は機械のように正確に不倫という行動に向かって動く。だから小説が終わった後の彼女の人生が想像できない。彼女は無名の彼、匿名の存在の彼に惹きつけられてゆく。

するとそのとき不意に参事官の姿が頭に浮かび、彼女に刺激を与えた。彼の欲望が自分に向けられていること、今は可能性との戯れにすぎないことが彼の元では現実となることを彼女は理解していた。

彼女は参事官が今どこかで自分のことを待っている気がした。すでに周りの狭い視界に彼の息が満ち、近くの空気に彼の匂いがするのだった。彼女は落ち着きがなくなり帰り仕度を始めた。私は彼に会いに行くだろう、と思い、それによって何が起きるかを考えると、たちまちその想像は彼女の体を冷たくとらえてしまった。まるで何かに体をつかまれ、扉へと引きずられているような感じだった。

彼女の体が男の体の下に横たわる姿を、小川の流れのようにあらゆる細部まではっきりと思い描いた。青ざめた自分の顔を、身を任せる際の恥ずかしい言葉を、彼女の上に覆いかぶさり、彼女を押さえ付けている男の猛禽類の翼のように逆立つ目を感じた。

彼女は自分の行動のすべてを見るのだった。彼女の内から引き出された最も印象的な姿、快楽に翻弄される姿を、およそ間違って彼女から奪われていた姿、魂を捧げる姿を──。やがてそれは小さく、よそよそしく、他とのつながりを失い、遠く遠く離れていった。 

最後の場面でクラウディーネと参事官は会話を交わす。小説の初めの頃はあれほど長かった一つ一つの文章は短くなり、結末に向けて物語の流れが速くなったことを読者に伝える。クラウディーネは参事官を部分的に好きになったことを認める(と解釈してもよいだろう)が、まだ彼女は抵抗しており、全体として好きになったとは認めない。

 それから参事官は彼女の部屋でそばに座っておおよそこう言った。君は僕のことが好きなんだね。僕は確かに芸術家でも哲学者でもないが、立派な(ガンツァー)人間だと思うよ。 

 それで彼女は答えた。「何ですか。|全体としての《ガンツァー》人間というのは。」「おかしなことを聞くね。」参事官はむきになったが、彼女は言った。「そんなことはないと思います。あの人の目が好き、あの人の話が好き、話の内容ではなくて声の響きが好き、だからあの人のことが好き、というのはおかしいわ。」

ちなみにこの部分を読んでいて、(この二人は何を言い争っているのだろうか)(もしかすると部分的に好きだとか全体的に好きだとか言っているのではないか)と思った瞬間は忘れられない。まるで霧が晴れるような、レンズの焦点が合ったような感覚があった。「この作品全体を訳してみたい」と思った瞬間だった。
最後の最後になって、クラウディーネの参事官に対する呼びかけは敬称 Sie から親称 du に変わる。(古井由吉氏の日本語訳では「参事官さん」「あなた」と訳していたが、拙訳でもそれを踏襲した。)愛している、愛していないという意見の対立は解消される。彼女は深淵へと身を投げ、参事官を愛することで肉体的な満足を得る。まったく別の人間へと変わるその有様は、まるで心を体が裏切る典型的な官能小説のようだ。

 そして彼女はもう一度言った。
 「お願い、離れてください……」彼女は言った。「……嫌だわ……」
 けれども彼は微笑んでいるだけだった。それで彼女は言った。
 「あなた、お願い。離れて。」
 すると彼は満足の溜息をもらした。「やっと君は言ってくれたよ。愛しいかわいい夢想家さん。あなた、と。」 
 するとそのとき、彼女はぞっとするような感覚に体を震わせ、快感があらゆる障壁を乗り越えて彼女の肉体を満たしたことを感じるのだった。

この「愛の完成」という作品を、「一編の交響詩を聴くよう」「素材に依らずともそのものが音楽としてなっている文学」と表現して愛好したのはピアニストであって文筆家の青柳いづみこ氏だった。ムージルの研究者は難解だが密度の濃い小説としてこの作品を重要視している。インターネットを検索すればこの作品に感動した人の感想がたまに見つかる。それぞれの人がそれぞれの感想を持ってかまわないだろう。

だが私が言っておきたいのは、この「愛の完成」という作品は──難解な外見の裏側に──かなり隠微なエロティシズムが表現されているということだ。読者の皆様はどうお考えになるか、聞いてみたい気もする。

(2025年12月28日改訂)

2023年10月15日日曜日

「ヘンルーダ」について

松岡千恵さんの著書「ヘンルーダ」に興味があった。
岬書店から出版されている。夏葉社の島田潤一郎さんが発行者になっている。
著者は現役の書店員だとのこと。書店員の仕事にまつわるあれこれや、書店で働く人々の姿が描かれる。エッセイのようでもあり、フィクションのようでもあるそうだ。書店によって置いてあるところもあるが、どの書店にもあるという販売形態ではないらしい。

エッセイとフィクションの混合という点に興味を持った。
「起きたそのままのことを書く」エッセイに対して、フィクションによって方向性を定め読者を思索へと誘うような、そんな話の膨らみを持たせることはできるだろうか。フィクションが嘘の方向でなく真実の方向に向かうことはできるだろうか。
フィクションのあり方について個人的に関心があったから、「ヘンルーダ」を読んでみたくなった。

その日は休日だった。普段買い物をするときに行くような場所だけでなく、それまで行ったことのない新しい場所、珍しい体験をしてみたくなるような日だった。
家の近所を休日に歩く景色は、同じ場所を平日に歩くときと景色が違って見える。けれどもそれは気分が大きく変わるというような大袈裟なものではない。同じ景色を少し違う気分で歩くことは、大きな気分の変化をもたらさない。
そこで今まで一度も行ったことのなかった上野のルートブックスという本屋に行こうという気になった。
カフェが併設された本屋。カフェの中に本棚が並んでいるような作りの本屋。その存在は知っていたが一度も行ったことのない本屋だが、どんな本屋なのだろう。

上野駅から歩いてルートブックスに向かった。表通りから少し入ったところにある本屋だった。昔ならたどり着けなかっただろう。GPS機能付きの携帯電話がなかったころの昔には、ギャラリーや雑貨屋に行こうとしてたどり着けなかったこともあった。ルートブックスは駅からさほど遠いわけではないが、ふとそんなことを思い出す。
店の前の通りには車が止まっていて道が狭くなっていた。店の前に植物が生い茂り、植物に囲まれた印象のある本屋だった。木のドアを開けて入ると入口近くにはテーブルが置かれ、その上には本の入ったケースがいくつもある。
その空間は、本棚が並んでいるだけの普通の書店とは少し違っていた。カフェの中に足を踏み入れたような感じだった。本箱の中には何冊ものZINEが入っていて普通の本屋とは品揃えが違っていた。
「購入前の本をカフェコーナーに持ち込まないでください」張り紙がいたるところに貼ってあった。本コーナーで本を買い、喫茶コーナーでその本を読むことを想定しているのだった。

丸の内キッテに昔あった書店のことを思い出した。隣にはカフェスペースがあった。店内は広いというほどではなかったが、本の選定に独特の個性があった本屋だった。
日本橋高島屋に黒澤文庫という書店があって、本格的なコーヒーの店が一体化している。行ったことはないけれど。

「ヘンルーダ」を読んでみた。
確かに作者の体験を書いたエッセイのように初めは思えた。書店員の作者が本屋で体験したこと、書店のアルバイト店員のいろいろな行動が語られる。
風変わりなアルバイト店員の風変わりな発言、あるいは店員が巻き込まれた思いがけない事件など。けれども読んでいるとこれはフィクションなのではないか、実際にあったことを書いているのではないのではと思えてくる。どこか不思議な奇妙な世界が顔をのぞかせる。
短篇集の一つ一つの作品が短いから、奇妙な世界は真実と虚構のどちらとつかないまま終わる。読者は宙ぶらりんになったまま放り出されてしまう。登場人物たちはこれからどうなるのだろう。そもそも彼らは本当に実在したのだろうか。
普通の本は厚紙の表紙にさらに紙がかぶせてあるけれど、この本にはない。これを「チリなし製本」と言うらしい。覆いをかぶせるようなカバーのない製本は、作者の心の声を直接聞くような思いがする本の内容と合っている気がした。

2023年9月25日月曜日

Consequential Strangers

「Consequential Strangers」という本をロバート キャンベルさんが紹介していた。キャンベルさんの訳した題名は「愛おしい他人たち」。我々の周りにいるさほど重要でない他人、例えば買い物のときに会話を交わしたり散歩のときに公園でいつも見かけたりする人々が、実は我々の幸福感に影響を与えているという本だった。そういった人々は家族や親友などとは違って、小説の登場人物でいえば端役のような存在だけれど、そういった人々にスポットライトを当てている。
なぜ彼らが幸福感に影響を与えるかというと、彼らは我々が日々抱えている問題から遠い存在であることが好都合なのだった。自分の問題から一旦離れさせてくれる存在、自分を客観視して問題解決のヒントを得る上で都合のよい存在なのである。

話は変わるが、随筆集の「あなたの暮らしを教えてください3 居心地のいい場所へ」を読んでいたら、ドナルド キーンさんの文章が載っていた。日本の好きなところとして店の店員の心遣いをあげている。ニューヨークのスーパーマーケット、銀行、郵便局の窓口の人々と比べて態度に優しさがあり、それは好ましいことである、と。そのような文章を読むと、きっと日本の店員は優しい雰囲気で客の心を暖かくしているのだろうな、という気がする。
同じ本に千葉すずさんの文章が載っていた。ロサンゼルスのレンタカー店に行ったところ、店員と客が笑顔で話し込んでいて行列がなかなか進まない。客の一人は筆者の借りようとしたレンタカーが壊れている車だと教えてくれる。やっとのことで正常な車を借りると、その客は笑みを浮かべて「よい旅を」と言うのだった。世の中に間違った人がいても、人生に失敗があっても、最終的に修正できればいいじゃないか、という精神がそこにはあった。

ふと思ったのは、アメリカと日本では「Consequential Strangers」のあり方が違うのではないかということだった。親しくない他人との接し方は国によって違う。「Consequential Strangers」の作者が想定していたのは、アメリカ人によくあるような態度や接し方だったのかもしれない。
日本語訳が出ていないので私は英語の原文を読んだ。読書はなかなか進まないし、はたして内容を理解できているのか不安にかられる。例えばキャンベルさんのようなアメリカ社会も日本社会もよく知っている人に、それぞれの社会における他人とのつき合い方を解説してもらいながら読みたい気がした。

2023年7月16日日曜日

「トニオ・クレーガー」翻訳のおぼえがき

この作品を日本語に訳すにあたって、Bürgerという語をどう訳すかは常に問題になる。リザヴェータはトニオのことをBürgerと形容し、トニオはその言葉にショックを受けるという、作品中での重要な単語である。
ここでのBürgerは芸術家とは対照的な存在、芸術家と対立する存在として用いられており、実吉訳、高橋訳は「俗人」、浅井訳は「一般人」、平野訳は「普通の人」だった。
日本人の研究者の論文を読むと、「市民」という訳語を使う人が多くいる。芸術家に相対する存在として「市民」を選ぶのは少し違和感があるが、社会を構成する人間として用いる文脈では「市民」というのは使いやすい語だと思う。
拙訳では「一般市民」「市民」を使った。Bürgerの直訳に近い単語であり、芸術家の対義語としては少し違和感を感じるかもしれないが、これはこれで許してほしい。

もう一つこの作品で問題になる単語として、das Lebenがある。トニオがdas Lebenへの愛を告白する場面はこの作品の要なのだから本当に重要な単語であるわけだが、訳語を選ぶのは本当に難しい。
実吉訳は「人生」「生活」だった。高橋訳、浅井訳、平野訳は「人生」。「私は人生を愛している」という告白になるわけだ。
「人生」という単語には、人生という時間を過ごした一人の人間というニュアンスも含まれるかもしれないが、一人の人間の過ごした時間のようなニュアンスもまた含まれている。この作品でのdas Lebenは、時間というよりは「生き生きとした人間」もしくは「人間の生き生きとした性質」のような意味で使われている気がする。もしそうならば「人生」という語は少し使いづらい。
研究者たちの中には生という訳語を使い、括弧付きで「生」と書く人がいる。時間というよりは人間の性質に重きをおいて訳した場合の語だと思う。
拙訳では山括弧付きで〈生〉もしくは山括弧なしで生という訳語を使った。「〈生〉というものは生き続ける」「〈生〉は性懲りもなく罪を重ねる」「〈生〉の側の人間が芸術に挑戦しようとするくらい哀れな光景はない」のような訳し方であり、「時間」とはニュアンスが異なる訳し方である。

〈生〉あるいは「市民」という訳語を選ぶに当たって、他の誰よりも辻邦生の存在が大きかった。彼は「トニオ・クレーガー」の翻訳を残しているわけではないが、自他ともに認めるマンへの愛で世に知られた人だった。彼には「トーマス・マン」というマンの作品についての評論をまとめた著作がある。その中で「生」と「市民」の側に属する人間に対して、「精神」と「芸術」の側に属する人間が対比されている。彼は「生」と「市民」という語を使っていた。
「生」や「市民」という訳語を使う人は他にもいるが、僕がこの訳語を選ぶ際に最初に頭に浮かんだのは辻邦生だったことを書いておきたい。

この作品では、後半のデンマークのオールスゴーでトニオが会ったのはハンスとインゲボルクだったのか、それとも彼らとは異なる別人だったのかということが問題になる。
二人が現れたと書いてある箇所の原文はイタリック体になっている。イタリック体は強調の場合だけでなく「言葉を文字通り受け取ってはいけない」ときにも用いられるとのこと。マンは後でもこの二人がハンスやインゲボルクとは別人であることを匂わせる文章を書いているが、別人であることを強調するのではなく、あくまであいまいな書き方をしている。
いずれにしても強調しておきたいことは、僕にとってこの作品の素晴らしさは、「トニオがハンスとインゲボルクに似た人に会った」点にあるのではない(似た人に会ったからそれが何だというのだろう)。ほとんど不可能な、奇跡のような出来事が筆の力によって可能となる、「インゲボルクに再会することは可能だ」ということの驚きにある。クライマックスではインゲボルク、マグダレーナ、トニオの三人の持つ意味、三人の本質が明らかになるのだが、それはその瞬間に真実が姿を現したとも言え、実際に会ったこととほとんど変わりない。

だからこの作品を訳すときには、作者にとっての真実が表現された作品だと考えて訳した。読者の皆様はどのようにお感じになるだろうか。

2023年7月9日日曜日

トーマス・マン「トニオ・クレーガー」

「トニオ・クレーガー」クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


トーマス・マンの「トニオ・クレーガー」を翻訳しました。

かつて夢中になって読み、それからしばらくの間心が離れてしまった小説ですが、今回読んでみてやはり好きな作品だということがわかりました。訳してみたら思っていたよりも主人公に傲慢な印象を受けませんでした。もしも興味がおありでしたらぜひお読みください。

「田中一郎訳」を表示してくだされば二次利用は自由です。非営利での利用をお願いします。リンク先はテキストデータですがルビや傍点の処理に青空文庫の書式を使っています。


本文中ではZigeunerにジプシーという訳語を当てています。差別的な意味で用いられる単語であり、作品において登場人物も差別的な意味でこの語を用いていますが、本作品が書かれた時代背景を考慮して本文を変えることなく訳語を当てました。訳者に差別を助長する意図はありません。ご理解下さい。

2023年1月19日木曜日

ルパン三世1stシリーズの音楽から

テレビアニメのルパン三世1stシリーズ(旧ルパン)はとにかく音楽が良かった。物語の単なる伴奏にとどまらず、劇中に流れる音楽をそれだけ取り出して聴いても心躍るような素晴らしさがあった。

テレビ放送の音源を集めた「ルパン三世'71MEトラックス」というCDを聴いた。放送時に製作された音楽が効果音と一緒に収録されている。新規に演奏したものではなく、番組を観たときに聴いていたそのままだからうれしい。ブリッジのような数秒の長さの曲も丁寧に収録してくれていて有り難い。
高島幹雄さんが解説を担当している。それによると、音楽を担当した山下毅雄さんはルパン役の山田康雄さんとは彼がテアトル・エコーに在籍していたころからの知り合いだったという。山下氏にとって、山田氏のイメージはロックであり、だからルパン三世の音楽は山田氏のイメージで作られたものだった。
アクションシーンで流れる音楽はごく短いフレーズの積み重ねで作られていて、全体として調和のとれた世界を構築するという音楽ではなく、それは例えば警察の予想もしない方法で宝石を盗むような敵の裏をかくルパンの世界に一致するものだった。
旧ルパンの音楽を聴いていると、あらためて僕の中でその音楽が占める割合は大きかったのだな、と思う。
AFRO "LUPIN'68" TV ORIGINAL

話はルパン三世やアニメ音楽一般に限らず、その後クラシック音楽を聴くようになってからも、フレーズとフレーズをつなぐ経過句のような、曲の中でそこだけ独立した世界を作るような曲想が好きになることがあった。
旧ルパンの音楽とは音楽としては似てもつかないけれど、独立した世界という意味では例えばモーツァルトの「ジュノーム」のメヌエットや、あるいは経過句という意味ではピアノ協奏曲第23番の第3楽章の中間部などは僕の中で印象に残っている。
全体の構成はまったく似ていなくても、細部の現れ方だけを取り出せば意外なものに共通点が見えてくるかもしれない。
ピアノ協奏曲第9番第3楽章(25:38~)
ピアノ協奏曲第23番第3楽章(21:17~)

音楽に限らない話をするなら、小説の中で急に文体が変わり、文章の調子がそれまでと変わることがある。
ドイツ語の小説ではムージルの「愛の完成」やカフカの「判決」などはそのような作品として印象に残っている。それまでは一つの文章が長かったのに、クライマックスになると文が短くなり、たたみかけるような調子になっていた。
「愛の完成」では参事官の誘惑に屈するまいと抵抗していた主人公が突然堰を切ったように行動へと駆り立てられていた。「判決」では弱気な態度に見えた父親が豹変し、すると主人公は家を出て川にかかる橋まで走り欄干を飛び越えていた。
そうした小説のドイツ語を日本語に翻訳してみたことがあるが、原文が短いとき思い切り訳文を短くしていた。そんなときは心の中で、作者が急に調子を変えたとしてもついていこう、作者が急加速したとしても遅れることなくついていこう、という気になっている。どうやら僕は訳文を考えながら、自分の文章を加速させて文章の調子が変わることを楽しんでいるようだ。

そういえば子どもの頃にシャーロック・ホームズをよく読んでいた。名探偵が登場する短篇だからまわりくどくなく、物語は一気に真相に到達する。物語の末尾にホームズが事件を要約する一言を述べたり、古人のことわざを引用して鮮やかに締めくくられることも多い。ホームズ以外にも探偵小説や推理小説、ミステリと呼ばれるジャンルへの偏愛はずっと続いている。一気に真相にたどり着く物語、何か急に流れが変わるという点に惹かれているのかもしれない。

だから(あくまで仮の話だが)自分で小説を書くとしたら、推理小説であったとしても殺人事件が起きる必要はなく、名探偵が出てくる必要もないだろう。「日常の謎」であってもよいだろう。けれども物語には中心となる一点があって、主人公はその一点についてあれこれ思索をめぐらすことは必要かもしれない。そして文体によって何かを語っている小説。はたしてそんな小説を書くことは可能だろうか。

2022年12月18日日曜日

葛西臨海水族園に行った。


葛西臨海水族園に行くのは実は初めてだった。ぐるっとパスで入場できることがわかって行ったのだが、今回行ってみていつかまた行きたいと思った。

京葉線の葛西臨海公園駅で電車を降りた。目の前に公園に向うメインストリートが延びている。道は広々としており、朝の日を浴びて晴れやかな気分で水族園に向かった。しばらく進んで左に曲がるとその先に水族園がある。建物だけの「水族館」ではなく、屋外の展示や周りの散策路を含めて「水族園」と呼んでいるのだ。

その散策路は水族園から帰るときに通った。道の両脇は芝生が整備され、さらにその向こうには木が並んで植えられていた。芝生の上はきっと暖かい季節には家族連れのピクニックでにぎわうのだろう。

水族園にぐるっとパスで入るときは、管理室をインターホンで呼び出して、ぐるっとパスを見せ、すると入場券のようなものを渡される。それを入り口で渡して入る仕組みになっていた。ぐるっとパスで入場する人が多かったらどうするのだろう、混雑して時間がかかりそうだな、と思いながら入った。

建物内の展示には、入場者の興味を引くような配慮が感じられた。水槽の上から係員の手が伸びてきて餌を与える。餌を食べるところを見せているわけだ。展示されているのは常に動いている魚ばかりではない。深海の生物たちはじっとしていることもある。すると今度は係員が棒のようなもので触れて動くよう促していた。
屋外に出るとペンギンの展示があった。横に長い水槽は水上の様子も水中の様子も見ることができるようになっていた。水の中を飛ぶように泳いでみたり、水中で糞をしてみたり。

さりげなく学問的な展示もされていたことが印象に残った。
屋外に潮だまりの展示があり、本物の海のように人工的な波を起こして潮だまりを再現していた。脇の水槽では生き物に触れることができた。
建物の中には世界の色々な海の様子が展示があり、どの海域にどのような魚が棲んでいるかを教えてくれた。さらにまた、クラゲやプランクトンなどについて学問的な内容を楽しく伝えようとするコーナーがあった。
マグロの回遊展示で有名な水族園だが、それだけでない展示全体に魅力を感じることができた。よかったと思う。


2022年12月3日土曜日

牧野信一「爪」「闘戦勝仏」「月下のマラソン」

 wikipediaの牧野信一の項を見ると、デビュー作として「爪」と「闘戦勝仏」の2作が候補としてあげられ、どちらをデビュー作とするかについては複雑な問題があると書いてある。「爪」の初出は1919年(大正8年)12月発行。「闘戦勝仏」の初出は1920年(大正9年)10月発行。
 ところが牧野は作家として活動する前に時事新報社の雑誌「少年」「少女」の編集の仕事をしており、そのとき雑誌にいくつかの作品を寄稿しているのだ。
 例えばその中の「月下のマラソン」の初出は1919年(大正8年)9月発行で、「爪」や「闘戦勝仏」より早い。にもかかわらず「月下~」がデビュー作とみなされないのは、正式な作家活動以前の作品と考えられているからだろう。
 だがそれにしても「月下のマラソン」は強い印象を残す。
 中学生の主人公は夜間に開催される学校対抗のマラソン大会に参加する。応援の人垣がとだえ、急に静かになったコースを走りながら思索にふける。空に浮かぶ月を見て事故で亡くなった友人を思う。友人は遠い世界に行ったのではない、常に月のように自分のことを見ている、どれほど遠くまで走っても自分についてきてくれる、と。
 少年少女のために書かれた作品には、夢見るような美しさがあった。

 牧野信一には「ギリシャ牧野」と呼ばれる時期がある。例えば「ゼーロン」であれば小田原駅から足柄峠に向けての旅行がストア学派の吟遊詩人の旅に変わるように、現実と空想が二重写しになり、日常の風景が楽園《アルカディア》と変化する作品が多く書かれた時期である。
 重苦しい血縁関係に閉じこめられるような私小説を書いていた作家が、幻想の翼を得て天高く羽ばたくような作品を書くようになった時期だった。
 では「ギリシャ牧野」時代とは、まぐれのようなもの、ただの徒花だったのだろうか。
 少年少女のために書かれた小説を読んでいると、そんなことはない、と思わせてくれる。子どもに向けられた美しい空想、幻想性は「ギリシャ牧野」時代の作品たちの萌芽という感じがする。
 「ギリシャ牧野」の作品たちは、彼が小説を書き始めた若き日の作品たちとつながっている。そう思えたことはうれしかった。
 デビュー作がどちらの作品であるかはどうでもよい。二人のライバルが競い合うように並んでいるかのようなその後ろで、自らの存在をひけらかすことなくたたずんでいるもう一人の姿。私はそんな場面をふと想像してしまった。正式なデビュー作とは認められなくても、牧野信一はこの「月下のマラソン」という作品を世に残した、その方が大事なことだ。
 自分の中だけで満足を感じながら、今まで読んでいなかった「闘戦勝仏」はどんな作品なのか、読んでみた。
 玄奘と悟空たちの旅を書いた物語だった。
 彼らは旅の途中で朱紫という国に着くのだが、景色も人々の容姿も優しく美しい。その中にあってこの世のものとは思えぬほど美麗な王と王妃のために悟空は奮闘する。
 どこかユルスナールの「東方綺譚」を連想させるような、幻想小説という形容がぴったりの作品だった。
 牧野信一の他の小説とは全く毛色が異なっており、ここにも幻想的な作品が存在したのか、と思いながら最後の行にたどり着くと、そこに書かれていた文字。
 (七年八月作)
 大正7年(1918年)8月ということだろうか。発表が後になっただけで、書かれたのはもっと早かったということだろうか。発表順でなく書かれた順に並べるとするならこれが最初の作となるのかもしれない。
 そうすると、デビュー作を「爪」と「闘戦勝仏」の2つで争っているのは、発表が先か制作が先かという点でだったのか。
 私が頭の中で思い描いた「二人のライバルの影に隠れる一人の姿」というのはあまりにもピントが外れた物の見方のような気がしてきて、もう一度頭の中で作品たちの姿を想像してみた。
 「爪」は私小説として、「闘戦勝仏」は幻想小説として、「月下のマラソン」は現実と空想が二重写しになった小説としての姿でそこに現れた。さらに「ゼーロン」の最後の場面で作者と銅像と父とゼーロンが四人組の踊り(カドリール)を踊るように、それぞれの作品が手を取り合ってたたずんでいるように思えてきた。そしてそんな彼らの姿を月の光が優しく包んでいるような気がするのだった。