2019年11月22日金曜日

シュニッツラー「夢物語」「死んだガブリエル」

シュニッツラーの「夢物語」と「死んだガブリエル」を翻訳しました。「夢物語」は「夢小説」「夢奇譚」「夢がたり」などと訳されたことがありますが、今回は「夢物語」とさせて頂きました。ご了承ください。

翻訳文のテキストデータにリンクを張りましたのでご興味がおありでしたらお読みください。「田中一郎訳」を表示してくだされば二次利用は自由です。非営利での利用をお願いします。

テキストデータですが、振り仮名の扱いが青空文庫の書式を使っています(|でルビの開始を表し、《》の中の文字でルビを表す)。ご了承ください。

『夢物語』クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

『死んだガブリエル』クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

2019年10月16日水曜日

さびしんぼうについて(時をかける少女に触れながら)

 大林宣彦監督の映画「さびしんぼう」は、山中亘「なんだかへんて子」を原作としている。
 「なんだかへんて子」は、小学生の男の子が主人公で、その子の身の周りにある日、見たこともない女の子が突然現れ、彼女に振り回されるうち、どうやらその子は子供時代の母親であるらしい、ということが分かってくるという話である。最後には彼女との別れがあり、母親との(今までとほんの少しだけ意識のあり方が変わった)生活が待っている。

 映画「さびしんぼう」の方は、もう少し複雑になる。主人公(ヒロキ)の年齢は高校生に引き上げられる。彼には気になる他校の女子がいる。遠くから見ているだけで、何者なのかも分からない。彼は自分でその子に〈さびしんぼう〉と名前をつけることにする。(彼の造語である。)そこへ、突然、少女時代の母親が現れる。舞台衣装を着けて、ピエロのメイクをして、彼女も〈さびしんぼう〉と名乗る。そして彼女は十六歳のときの母親であり、誕生日を過ぎて十七歳になると消えると説明されている。そして、この二人のさびしんぼうは、ともに同じ俳優(富田靖子)が演じるのである。
 さびしんぼうがヒロキに語って聞かせる、ある少女の挿話がある。少女が少年に恋をして、そして振られる。少女は別の男と結婚して、先の少年にそっくりの子供を産む。そしてだんだん、おばあさんになっていく…彼女は少女時代の母親がどのような恋をしたか、現在に演じてみせているのである。相手の少年はピアノが弾けて頭のよい子だったらしい。少女時代の母親の想い人である少年は、現在のヒロキとは似ていない。

 監督はこの物語について、「少年は永遠に母親を恋し、少女はいつでも未来の息子を恋しているという物語だ。」と語っている。[1]
 実際に映画化するにあたって監督が考えたこと。それは、十六歳当時の母親を画面の中に登場させるにしても、現在の母親と十六歳の母親は、当然、別の俳優が演じることになり、同一人物であるという表現が難しくなる。そこで、あえてもう一人の少年の想いの結晶としての同年齢の少女を創造し、彼女と十六歳の母親とを同じ俳優に演じさせたという。ここでの同年齢の少女とは、未来の妻としての少女である。そして両者に扮装劇のようなメイクアップを施したという。想いの少女は典型的なマドンナ像。少女時代の母親の方はピエロのような白塗りのメイク。
 「その固定された表情の中から、じつは同一の俳優のもつ生身の生命感がほとばしるようにのぞくとき、この禁じられた肉体からある種の心の想いが垣間見えるかもしれない。その想いをこそ、ぼくは《さびしんぼう》と命名したのだ。」[1]

 (非常に複雑な仕掛けが施されている。けれども、観客がこの通りに感じるかどうかは分からないと思う。)

 そんなある日、ヒロキの想い人である彼女は、彼のすぐ目の前に姿を現す。通学の自転車のチェーンが外れて、止まってしまったのである。すぐに彼は助けるのだが、それで話をすることができた。チェーンははまらず、その自転車を持ち上げて家まで送るということになる。彼女は橘百合子と名乗る。会話を交わすことはできたのだが、ヒロキから見た姿が描かれるのみで、彼女の詳しい内面は分からない。そして何日か後に、唐突に百合子の方から別れが告げられる。その理由は正確には分からない。最後の別れの場面で、母親が病気であるらしいこと、家計が苦しいらしいことがかすかにほのめかされている。そんな調子なので、百合子との別れは哀切なものとはならない。

 (別れ際、百合子はヒロキからのプレゼントを包んでいたリボンの飾りを落とす。これを見て大林監督は「しめた!」と思ったという。シナリオにも撮影の予定にもなかったことだったが、人知を越えた奇跡が起きて名場面が誕生したというのだ。[2] けれども、もう一度見てみると、富田靖子の手が動いて故意に落としているように思えてならない。真相は不明である。)

 これに対して、さびしんぼうとの別れのシーンは忘れ難い印象を残す。何度観ても、雨の降りしきる石段にさびしんぼうが座って待っているシーンには心揺さぶられるものがある。別れ際に、さびしんぼうはヒロキに向かって恋心を打ち明ける。さびしんぼうは百合子と同じ俳優が演じているので、それは百合子がヒロキに想いを告げたようにも見える。同時に、少女時代の母親が想い人である少年に恋心を打ち明けたようにも見える。つまり、さびしんぼうとは単なる一人の人間なのではなく、複数の人間の想いが交錯する場になっているのである。さびしんぼうはピエロのメイクをして演技をしていることを思い出してほしい。それは、自分を消し去って役の存在になる俳優に近い。俳優のしていることは、単に別の人間になるだけではなく、別の人間を演じることを通して、匿名の存在となって、観客一人一人にとってまるで自分自身の想いを体現するような、抽象的な存在になるということである。

 大林監督作品には「時をかける少女」という映画があって、その中で監督は俳優を演出の型にはめ込むことで、逆に、その俳優が輝く瞬間を生み出そうとしていた。それによって、「時をかける少女」の原田知世は、彼女本人を越えるような、これ以上ない輝きを放っていた。
 大林監督が「時をかける少女」の原田知世を評した言葉。
 「原田知世は、きっちり、役と対話できるんです。自己の存在感を一度、抹消して、役の芳山和子としてスクリーンの中でよみがえる。そういう才能を持っているんです。これは思えば、五十年代の少女スターたちが、映画館の暗闇の中にのみ、ほのかな夢のように息づいて、白日のもとでは遠い記憶のように消滅してしまう、そういうはかなさを持っていたからこそ、スクリーンの中での存在感を得ることができた、そういうことと似ているのかもしれない。」[3]

 (この映画での原田知世は、ただ芳山和子になるだけでなくて、抽象的な匿名の少女になっていたと思う。そのような「映画の神様が降りてきた」ような現象は、この映画と「さびしんぼう」に起きていたと思う。)

 「さびしんぼう」は大林監督が人生の持ち時間をたっぷり使ってシナリオを練ったという。[4] だが、「なんだかへんて子」を原作にして、それと組み合わせようとしたのは今回の映画化が決まってからのことであり、一人二役の複雑な構成は、おそらく今回初めて現れたものなのだろう。さびしんぼうにはピエロのような白塗りのメイクを施し、百合子の方は典型的なマドンナ像に描き、個性が際立つような演出はしていない。それなのに、なぜ二人の別れの場面があれほど感動的かといえば、さびしんぼうが人間を越えた抽象的な存在となり、人を想うことの純粋さが表現されているからだろう。監督も予想しなかった効果によって、これほど感動的な作品が生まれたと思うのだが、どうだろうか。

[1]「なんだかへんて子」(偕成社文庫)解説・大林宣彦
[2]「大林宣彦の a movie book 尾道」(たちばな出版)
[3]「キネマ旬報」1983年7月下旬号
[4]DVD「さびしんぼう」特典映像「大林宣彦監督が語る『さびしんぼう』」

2019年5月11日土曜日

国立新美術館「ウィーン・モダン」

国立新美術館での「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」に行きました。
前半はビーダーマイアー時代の市民の家具や道具を展示していました。またシューベルティアーデに代表される市民の楽しみとしての音楽を取り上げ、その代表としてシューベルトの肖像が展示されていました。
それからフランツ・ヨーゼフ一世を取り上げ、リンク通りの開発についてオットー・ワーグナーの活動に焦点を当てていました。「美術アカデミー記念ホール」や「聖レオポルト教会(シュタインホーフ)」の模型を見ると、クリムトの装飾と近いものが感じられてなりませんでした。
後半は20世紀初頭のウィーン文化のオンパレードでした。
クリムトは初期作品が中心でした。「旧ブルク劇場の観覧席」「愛」「6月(ユノ)」「彫刻」「パラス・アテナ」など、初期作品という限定された期間ですが、その量と質の高さに圧倒されました。デッサンも多数展示されており、例のエロティックな素描も数は少ないですが展示されています。
ウィーン工房のポスターやカードもそのデザイン性が印象に残りました。メラ・ケーラーやマリア・シュトラウス=リカルツなどが描いた女性のファッションはほれぼれするほどです。
シーレはウィーン工房からの流れで優れたデザイナーとしての側面が強調されていたように思います。ココシュカにもたっぷりと数が割かれていました。
ゲルストルが描いたシェーンベルクの肖像、シェーンベルクが描いたベルクの肖像も展示されています。(ロダンとシェーンベルクが描いたマーラーの絵も)音楽ファンには興味ある展示です。
以上、19世紀から20世紀初頭のウィーンの文化に焦点を当てることによって、統一感のあるすばらしい展覧会になっていたと思います。

東京都美術館「クリムト展」

東京都美術館での「クリムト展 ウィーンと日本1900」に行きました。
初期のクリムト作品では緞帳のために古代ギリシャの風景を描いたり、彫金のために流れるような女体の輪郭線を描いたりしていて、対象物によって題材を決めているところがあり、その点では工芸作家に近づいていました。
有名な《医学》《哲学》《法学》にしても、激しい批判を巻き起こしたという逆の意味で、天井画にふさわしい絵を描いたともいえそうです。
「《医学》のための習作」が展示されていました。焼失した(保管場所のインメンドルフ城にナチスが火を点けた)ため、もう観ることのできない《医学》を想像するために役立ちそうな、ありがたい作品でした。
「ベートーヴェン・フリーズ」は実物大の複製だったので、マンガ風の筆致で描かれた邪悪な女たちの大きさを実感できてよかったです。
「ユーディット」「女の三世代」などは、細かい筆遣いがどうというよりも、官能的表現に圧倒される作品でした。風景画についても、画面構成の妙を味わう作品といえそうです。

2019年2月4日月曜日

「顔真卿 王羲之を超えた名筆」


東京国立博物館の顔真卿展に行きました。王羲之「蘭亭序」、欧陽詢「九成宮醴泉銘」、褚遂良「雁塔聖教序」とさまざまな有名作を見ることができます。
顔真卿の展示はうって変わって、書にその人の人間性を見いだす展示構成です。年齢によって書が変化していることを示し、「祭姪文稿」は感情の高ぶりで筆が乱れていることを示しています。
筆を動かすことによる自然な字体が王羲之とするなら、顔真卿は書かれた文字を見たときの構成から字体が作られており、いわば発想の転換が行われたことを解説していました。「フォントの明朝体の祖」としての側面も与えられています。
日本人の書も展示されていますが、そうなると今度は人間性だけでなく国民性によっても書が変わるということが示されていました。