2018年11月18日日曜日

ピエール・ボナール展


国立新美術館のボナール展に行きました。
妻マルトを撮影した写真が展示されていましたが、室内で水浴する写真などはボナールの絵そのものでした。さらに妻マルトが撮影したボナールの裸体写真が展示されているのが面白いです。
ボナールはマルト以外の女性の裸体も描いていて、中でも人妻リュシエンヌを描いた「バラ色の裸婦、陰になった頭部」は、肌の色合いなどを見ると、むしろマルトを描いた絵より魅力的といえるほどでした。他には鏡をうまく使って静物画に裸体を配する「化粧台」など面白かったです。
「静物:皿と果物 あるいは桃を持った鉢」や「セーヌ川に面して開いた窓、ヴェルノンにて」は、美しい色彩があふれる魅力的な絵でした。
ボナールは一つの絵に時間をかけて描く画家でしたが、論述で観客を説得するのではなくて、その場の雰囲気を伝えることに関心がある画家だったと思います。今回のように多くの作品を一度に観るとその良さがよく分かると思えたので、良かったです。

2018年11月12日月曜日

カフカ「判決」

フランツ・カフカの「判決」を翻訳しました。
『文章の裏側に真実が隠されており、それがかすかにほのめかされている』と解釈して訳しました。
ああでもない、こうでもないと考えながら訳していると、この作品を一日で書き上げたカフカの心情からどんどん離れていく気がしなくもありませんでした。
どうかこの翻訳が皆様にとって役に立つものでありますように。

(2018年11月16日に改訂して公開しました。)

「判決」クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

2018年11月4日日曜日

藤倉大「ソラリス」


東京芸術劇場で藤倉大さんのオペラ「ソラリス」(演奏会形式)を観ました。
音楽はまるでソラリスの海のように独立して存在しており、歌の伴奏という感じではなく、ときどき大きく盛り上がって歌手の声をかき消していました。一般的なオペラの感覚とは違います。海の描写という感じはしませんでしたが、地球外の別天体という雰囲気はありました。
ハリーは脳内の記憶から作り出されたものという心理的な側面より、オリジナルかコピーかという本物/偽物の側面が強調されていました。朗唱風の歌が多い歌手の中にあって、ハリーの歌は美しい旋律が聴き取れました。他には、クリスと死んだギバリャンとが会話をする場面は印象に残りました。(彼は何者だったのだろう?)
あれだけタルコフスキーやソダーバーグを厳しく批判したレムの言葉を読んだら、レム本人の文章を丸ごと使いそうなものですが、台本はレムの原作にない文章がふんだんに使われていました。堂々と自分の世界を構築した作品でした。
藤倉さん自身の言葉によると、まず勅使川原さんが日本語で台本を書き、それを英語に訳しながら藤倉さんが作曲したとか。翻訳による変容を怖れない点が作品の根底をなしているといえそうです。