2021年3月27日土曜日

ローベルト・ヴァルザー『雪が降る』

ローベルト・ヴァルザーの『雪が降る』を翻訳しました。興味がおありでしたらお読みください。 
テキストデータですので好きなデータ形式に変換してください。振り仮名は青空文庫のルビの形式を使っています。 
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2020年12月5日土曜日

シュティフター「水晶」

アーダルベルト・シュティフターの『水晶』を翻訳しました。興味がおありでしたらお読みください。 
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(改訂しました。2020年12月27日)

『水晶』クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

なお、この作品でしばしば問題になる«Ja, Konrad»の翻訳ですが、直訳していません。ご了承ください。

2020年11月7日土曜日

映画「廃市」

 福永武彦「廃市」の舞台となった町の名は作品中には明らかにされていない。しかし、冒頭に北原白秋の文章が引用されているのだから、白秋の故郷である柳川を連想しても間違いではないだろう。

 映画「廃市」は柳川で撮影が行われた。大林宣彦監督は当時の柳川を、傷つきやすい魂が滅びるがごとく、まさに失われようとする古い日本の風景がまだ残されている地としてとらえていた。そして、映画化にあたって、魂や心は映らないから、人間の外側ばかりが目に付いて、詩人の魂、文学の厳しさが表現されないことを戒めなければならない、と語っていた。[1]


 江口(山下規介)は、卒業論文を書くため、ある町の旧家に滞在することになった。町の中心には大河が通り、掘割が縦横に巡らされ、どこか懐かしい感じのする町だった。江口を出迎えたのは安子(小林聡美)で、よく笑う快活な娘だった。家にいるのは安子と祖母(入江たか子)と使用人だけであり、姉夫婦もいるはずなのだが姿は見えない。

 江口は安子に誘われ、小舟に乗って散歩をする。高校に通っているという三郎(尾美としのり)が舟を漕ぐ。(彼は家族ではない。)町の風情を褒める江口に対して、安子は「死んだような町」と言う。彼女は旧弊で活気のない町の様子を嫌っていた。

 (映画では、町に着いたとたんに主人公の時計が止まるという描写がある。まるで、この町が現実の柳川ではないこと、異空間、あるいは──死者の住む世界と表現してもよいが──日常と異なる場所であることが強調されているかのようである。)

 結局、姉夫婦は二人とも家を出ていること、姉の郁代(根岸季衣)は寺に身を寄せており、夫の直之(峰岸徹)は愛人の秀(入江若葉)と暮らしていることが分かった。

 安子の母親の法事で江口は直之に会う。直之もまた「この町は死んでいる」と言う。さらに直之は「私は郁代のことを愛しているがあれはそうは思っていない。私が別の女を愛していると信じている」と言うのだった。

 一月ほどたったある日、安子の元に知らせが届く。直之が秀とともに自殺したのである。動揺して泣き崩れる安子を江口は慰める。

 通夜の席に姉の郁代が現れ、安子を激しくなじる。こうなった責任は安子にある、直之があなたを好いていたことは百も承知だったはずだ、と言うのだ。さらに、私は寺に引きこもって二人が幸福になることを願ったのに、と言う。それに対して安子は、姉さんは間違っており、直之さんが好きだったのは姉さんだったと主張する。

 結局、二人は主張を曲げることはない。その答えを知っている死者は沈黙するのみである。

 夏が終わり、江口は町を去ることになった。

 駅へ向かう小舟の上で、安子は江口に打ち明ける。私は直之さんのことが好きだった、と。二人の間には何もなかったのだが、周囲の人間が誤解し、それを郁代は信じてしまったのだというのだ。

 電車を待つ駅のホームで、安子は江口に向かって、あなたはこの町のことを忘れるだろう、と言う。江口の乗った電車は動き出した。最後になって江口は自分が安子に惹かれていたことに気付くのだが、すでに電車は遠く町を離れ、走り続けているのだった。


 映画には原作にない回想シーンがある。まず、郁代と直之が食事をしているところに安子が外から帰ってくる場面。それから、安子と郁代が二人で掘割の側にいるところに直之が来て、安子と二人きりで小舟に乗る場面。

 そして、母親の法事の日に、席を外した安子と直之の間で交わされる会話。ここで安子は「誰よりも兄さんが好き」「秀に取られるくらいなら、私と暮らしてください」とはっきり言っている。だが直之はそれを拒否し、昔も今も俺は郁代が好きだ、と言うのだった。

 ここに監督の解釈がよく現れている。監督は口当たりのよい叙情的な描写にとどまることなく、人間のエゴイズムを描くという目的があった。だから、安子のことをただ快活なだけの行儀の良い娘と描くわけにはいかず、安子の欲望もまた描かなければならなかったのだろう。

 そして、俺は郁代が好きだ、という直之の台詞には、原作にない言葉をわざわざ足しながら、それにもかかわらず、言葉とは裏腹の直之の安子への思いをにじませているとしか思えない。(自殺という行動の理由としては、単に郁代への思いが通じないことだけでは、説得力が欠けていると思うから。)

 それを補完するように、映画の最後で三郎は叫ぶ。(これもまた原作にない台詞だ。)「この町では、みんなが思うとる人に、ちっとも気付いてもらえんとですよ。直之さんも、それにあんたも安子さんを好いとる」と。これは江口に向けた台詞であるけれど、きちんと直之の安子への思いを観客に伝えてくれてもいるのだ。


 原作を読みながら、私はずっと安子として小林聡美を連想していた。福永武彦は安子の描写を最小限にとどめているから、どうしても映像の方が記憶に残ってしまう。福永武彦が現実の風景から文章によって架空の美しい町を作り上げたように、大林監督も懐かしさを感じるような景色から美しさを生み出そうとしていた。それは小林聡美についても言えることで、大河をゆく小舟に揺られ、岸辺の緑を背景にした彼女の横顔の何と美しかったことだろう。傷つきやすい人間の魂を描く甘く美しい描写と、人間のエゴイズムを追求する厳しい側面と。この両面が福永文学の特徴だというなら、彼女は確かにその二面性によって福永文学の世界を伝えてくれた。背筋を伸ばして抹茶を立てる古式ゆかしい面と、そこから逃れようとするようにピアノを習う二面性。(彼女が外出先からショパンの楽譜を抱えて家に帰ってくる場面がある。)そのどこか悲しげな、あきらめを秘めたような笑顔が忘れられない。

 映画の冒頭に「この物語は現実の柳川市を舞台としたものではない」と断り書きが出る。その言葉の通り、映画は現実とはまた別の美しい一つの世界を作り上げていた。 


[1]大林宣彦監督 映画「廃市」について語る https://www.youtube.com/watch?v=AGQX8OZxDDM

2020年11月6日金曜日

福永武彦「廃市」

 福永武彦「廃市」を読んだ。


 初めの方に「それはもう十年の昔になる」と書かれている。語り手はその町が火事で焼けたことを知り、昔の記憶を呼び起こしているのだ。当時学生だった語り手は、卒業論文を書くための場所を求めて田舎の旧家に滞在することになった。世話になった貝原家はおばあさんと孫娘の安子と使用人がいるだけの寂しい家だった。安子の姉夫婦がいるらしいのだが、姿は見えない。家のすぐそばには大河が流れ、さらに掘割が縦横に巡っていて、住人は小舟で行き来している。古びた趣のある町だった。

 語り手の身の回りの世話をするのは安子で、快活な彼女に語り手は好意を抱く。親しくなった二人は小舟で夕涼みなどするのだが、町の美しさを褒める語り手に対して、安子は「こんな死んだ町、大嫌い」と言う。さらに自分のことを「小さな町に縛られて、何処へ行く気力もない」と表現するのだった。

 やがて語り手は姉夫婦がともに家を出て、それぞれ別の場所で暮らしていることを知る。

 姉の夫、直之には安子の母親の法要で会った。直之もまた「この町は死んでいる」と言う。さらに「人工的な掘割の中で人々は行事や遊芸にばかり熱心で、退廃している」と言った。姉の郁代には安子とともに訪れた菩提寺で会った。郁代は寺に身を寄せていた。安子よりも細面、悲劇的な美しさ、しとやかと形容されている。

 安子と姉夫婦の三人は互いの関係に大きな問題を抱えていた。

 直之は「私は郁代のことを愛しているがあれはそうは思っていない。私が別の女を愛していると信じている。そうでないといくら言っても聞く耳を持たない」と言う。郁代は「直之の好きな人は安子であることに私は気付かなかった。罪深いことをしたと思った私は寺に引きこもり、直之と安子の二人が幸福になることを願った」と言う。安子にしても「二人でうまくおやりと言われてもそんなことはできない。私も直之さんが好きだったが、直之さんが好きなのは姉さんの方であり、二人が結婚してくれてむしろうれしかった」と言う。

 三人は自分の信念に従って人生を歩むが、その先には孤独しかない。どんなに話し合ったところで相手の心情は計ることができず、第三者を介してもその気持ちを察することができない。危うい均衡を保っていた三人の関係だが、それも直之の死によって終わりを迎える。

 やがて季節は過ぎ、語り手は町を去ることになった。安子との別れ際になって、語り手は「直之さんが本当に愛していたのは、安子さんではなかったか」と考える。「安子さんはそのことに気付かなかった」と。そして汽車が町を去る最後の瞬間になって、「僕もまた、今になって安子さんを愛していたことに気付いた」と考える。だが、「もう一度この夏を初めからやり直すことはできない」。

 最後の場面になっても、語り手は十年後の現在から過去を振り返ることをしない。現在の自分は、その後の彼女たちがどうなったか、自分がどのような人生を歩んだか知っているはずだが、それは表に現れることはない。ただ、遠くに過ぎ去る町を眺めながら、未来に不安を抱えたまま汽車に揺られるだけなのである。


 映画を観る前に原作を読んだのだが、どこかで映画の中の俳優たちの姿を想像しながら読んでいた。この作品における安子も、郁代も、直之も、語り手の目を通してしか存在しない。だから、もしも映画の中で俳優たちがそれぞれの役を一人の人間として演じきるならば、原作よりもいっそう確かな手応えをもって登場人物を感じることができ、世界の広がりを感じることができるだろう。そう思ったのだった。

 だが映画を観終わってからなら、原作の良さを感じることができる。それは小説ならば、古びた町の静かなたたずまいが登場人物の孤独と一致した世界として読者の元に届くことができるということである。また、安子や郁代や直之という人間も、それぞれ快活な娘として、陰のある美人として、退廃と悔恨に満ちた男として、語り手の心情に一致した人間として存在できるということである。


 町は火事によって失われ、静かな町並も小舟が行き交う掘割もにぎやかな祭りの景色も消えてしまい、孤独な人間たちの心模様は霧がかかったように見えなくなってしまった。ただ読者の記憶の中だけにその姿は残り続けるのだった。

2019年11月22日金曜日

シュニッツラー「夢物語」「死んだガブリエル」

シュニッツラーの「夢物語」と「死んだガブリエル」を翻訳しました。「夢物語」は「夢小説」「夢奇譚」「夢がたり」などと訳されたことがありますが、今回は「夢物語」とさせて頂きました。ご了承ください。

翻訳文のテキストデータにリンクを張りましたのでご興味がおありでしたらお読みください。「田中一郎訳」を表示してくだされば二次利用は自由です。非営利での利用をお願いします。

テキストデータですが、振り仮名の扱いが青空文庫の書式を使っています(|でルビの開始を表し、《》の中の文字でルビを表す)。ご了承ください。

『夢物語』クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

『死んだガブリエル』クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

2019年10月16日水曜日

さびしんぼうについて(時をかける少女に触れながら)

 大林宣彦監督の映画「さびしんぼう」は、山中亘「なんだかへんて子」を原作としている。
 「なんだかへんて子」は、小学生の男の子が主人公で、その子の身の周りにある日、見たこともない女の子が突然現れ、彼女に振り回されるうち、どうやらその子は子供時代の母親であるらしい、ということが分かってくるという話である。最後には彼女との別れがあり、母親との(今までとほんの少しだけ意識のあり方が変わった)生活が待っている。

 映画「さびしんぼう」の方は、もう少し複雑になる。主人公(ヒロキ)の年齢は高校生に引き上げられる。彼には気になる他校の女子がいる。遠くから見ているだけで、何者なのかも分からない。彼は自分でその子に〈さびしんぼう〉と名前をつけることにする。(彼の造語である。)そこへ、突然、少女時代の母親が現れる。舞台衣装を着けて、ピエロのメイクをして、彼女も〈さびしんぼう〉と名乗る。そして彼女は十六歳のときの母親であり、誕生日を過ぎて十七歳になると消えると説明されている。そして、この二人のさびしんぼうは、ともに同じ俳優(富田靖子)が演じるのである。
 さびしんぼうがヒロキに語って聞かせる、ある少女の挿話がある。少女が少年に恋をして、そして振られる。少女は別の男と結婚して、先の少年にそっくりの子供を産む。そしてだんだん、おばあさんになっていく…彼女は少女時代の母親がどのような恋をしたか、現在に演じてみせているのである。相手の少年はピアノが弾けて頭のよい子だったらしい。少女時代の母親の想い人である少年は、現在のヒロキとは似ていない。

 監督はこの物語について、「少年は永遠に母親を恋し、少女はいつでも未来の息子を恋しているという物語だ。」と語っている。[1]
 実際に映画化するにあたって監督が考えたこと。それは、十六歳当時の母親を画面の中に登場させるにしても、現在の母親と十六歳の母親は、当然、別の俳優が演じることになり、同一人物であるという表現が難しくなる。そこで、あえてもう一人の少年の想いの結晶としての同年齢の少女を創造し、彼女と十六歳の母親とを同じ俳優に演じさせたという。ここでの同年齢の少女とは、未来の妻としての少女である。そして両者に扮装劇のようなメイクアップを施したという。想いの少女は典型的なマドンナ像。少女時代の母親の方はピエロのような白塗りのメイク。
 「その固定された表情の中から、じつは同一の俳優のもつ生身の生命感がほとばしるようにのぞくとき、この禁じられた肉体からある種の心の想いが垣間見えるかもしれない。その想いをこそ、ぼくは《さびしんぼう》と命名したのだ。」[1]

 (非常に複雑な仕掛けが施されている。けれども、観客がこの通りに感じるかどうかは分からないと思う。)

 そんなある日、ヒロキの想い人である彼女は、彼のすぐ目の前に姿を現す。通学の自転車のチェーンが外れて、止まってしまったのである。すぐに彼は助けるのだが、それで話をすることができた。チェーンははまらず、その自転車を持ち上げて家まで送るということになる。彼女は橘百合子と名乗る。会話を交わすことはできたのだが、ヒロキから見た姿が描かれるのみで、彼女の詳しい内面は分からない。そして何日か後に、唐突に百合子の方から別れが告げられる。その理由は正確には分からない。最後の別れの場面で、母親が病気であるらしいこと、家計が苦しいらしいことがかすかにほのめかされている。そんな調子なので、百合子との別れは哀切なものとはならない。

 (別れ際、百合子はヒロキからのプレゼントを包んでいたリボンの飾りを落とす。これを見て大林監督は「しめた!」と思ったという。シナリオにも撮影の予定にもなかったことだったが、人知を越えた奇跡が起きて名場面が誕生したというのだ。[2] けれども、もう一度見てみると、富田靖子の手が動いて故意に落としているように思えてならない。真相は不明である。)

 これに対して、さびしんぼうとの別れのシーンは忘れ難い印象を残す。何度観ても、雨の降りしきる石段にさびしんぼうが座って待っているシーンには心揺さぶられるものがある。別れ際に、さびしんぼうはヒロキに向かって恋心を打ち明ける。さびしんぼうは百合子と同じ俳優が演じているので、それは百合子がヒロキに想いを告げたようにも見える。同時に、少女時代の母親が想い人である少年に恋心を打ち明けたようにも見える。つまり、さびしんぼうとは単なる一人の人間なのではなく、複数の人間の想いが交錯する場になっているのである。さびしんぼうはピエロのメイクをして演技をしていることを思い出してほしい。それは、自分を消し去って役の存在になる俳優に近い。俳優のしていることは、単に別の人間になるだけではなく、別の人間を演じることを通して、匿名の存在となって、観客一人一人にとってまるで自分自身の想いを体現するような、抽象的な存在になるということである。

 大林監督作品には「時をかける少女」という映画があって、その中で監督は俳優を演出の型にはめ込むことで、逆に、その俳優が輝く瞬間を生み出そうとしていた。それによって、「時をかける少女」の原田知世は、彼女本人を越えるような、これ以上ない輝きを放っていた。
 大林監督が「時をかける少女」の原田知世を評した言葉。
 「原田知世は、きっちり、役と対話できるんです。自己の存在感を一度、抹消して、役の芳山和子としてスクリーンの中でよみがえる。そういう才能を持っているんです。これは思えば、五十年代の少女スターたちが、映画館の暗闇の中にのみ、ほのかな夢のように息づいて、白日のもとでは遠い記憶のように消滅してしまう、そういうはかなさを持っていたからこそ、スクリーンの中での存在感を得ることができた、そういうことと似ているのかもしれない。」[3]

 (この映画での原田知世は、ただ芳山和子になるだけでなくて、抽象的な匿名の少女になっていたと思う。そのような「映画の神様が降りてきた」ような現象は、この映画と「さびしんぼう」に起きていたと思う。)

 「さびしんぼう」は大林監督が人生の持ち時間をたっぷり使ってシナリオを練ったという。[4] だが、「なんだかへんて子」を原作にして、それと組み合わせようとしたのは今回の映画化が決まってからのことであり、一人二役の複雑な構成は、おそらく今回初めて現れたものなのだろう。さびしんぼうにはピエロのような白塗りのメイクを施し、百合子の方は典型的なマドンナ像に描き、個性が際立つような演出はしていない。それなのに、なぜ二人の別れの場面があれほど感動的かといえば、さびしんぼうが人間を越えた抽象的な存在となり、人を想うことの純粋さが表現されているからだろう。監督も予想しなかった効果によって、これほど感動的な作品が生まれたと思うのだが、どうだろうか。

[1]「なんだかへんて子」(偕成社文庫)解説・大林宣彦
[2]「大林宣彦の a movie book 尾道」(たちばな出版)
[3]「キネマ旬報」1983年7月下旬号
[4]DVD「さびしんぼう」特典映像「大林宣彦監督が語る『さびしんぼう』」

2019年5月11日土曜日

国立新美術館「ウィーン・モダン」

国立新美術館での「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」に行きました。
前半はビーダーマイアー時代の市民の家具や道具を展示していました。またシューベルティアーデに代表される市民の楽しみとしての音楽を取り上げ、その代表としてシューベルトの肖像が展示されていました。
それからフランツ・ヨーゼフ一世を取り上げ、リンク通りの開発についてオットー・ワーグナーの活動に焦点を当てていました。「美術アカデミー記念ホール」や「聖レオポルト教会(シュタインホーフ)」の模型を見ると、クリムトの装飾と近いものが感じられてなりませんでした。
後半は20世紀初頭のウィーン文化のオンパレードでした。
クリムトは初期作品が中心でした。「旧ブルク劇場の観覧席」「愛」「6月(ユノ)」「彫刻」「パラス・アテナ」など、初期作品という限定された期間ですが、その量と質の高さに圧倒されました。デッサンも多数展示されており、例のエロティックな素描も数は少ないですが展示されています。
ウィーン工房のポスターやカードもそのデザイン性が印象に残りました。メラ・ケーラーやマリア・シュトラウス=リカルツなどが描いた女性のファッションはほれぼれするほどです。
シーレはウィーン工房からの流れで優れたデザイナーとしての側面が強調されていたように思います。ココシュカにもたっぷりと数が割かれていました。
ゲルストルが描いたシェーンベルクの肖像、シェーンベルクが描いたベルクの肖像も展示されています。(ロダンとシェーンベルクが描いたマーラーの絵も)音楽ファンには興味ある展示です。
以上、19世紀から20世紀初頭のウィーンの文化に焦点を当てることによって、統一感のあるすばらしい展覧会になっていたと思います。