2019年2月4日月曜日

「顔真卿 王羲之を超えた名筆」


東京国立博物館の顔真卿展に行きました。王羲之「蘭亭序」、欧陽詢「九成宮醴泉銘」、褚遂良「雁塔聖教序」とさまざまな有名作を見ることができます。
顔真卿の展示はうって変わって、書にその人の人間性を見いだす展示構成です。年齢によって書が変化していることを示し、「祭姪文稿」は感情の高ぶりで筆が乱れていることを示しています。
筆を動かすことによる自然な字体が王羲之とするなら、顔真卿は書かれた文字を見たときの構成から字体が作られており、いわば発想の転換が行われたことを解説していました。「フォントの明朝体の祖」としての側面も与えられています。
日本人の書も展示されていますが、そうなると今度は人間性だけでなく国民性によっても書が変わるということが示されていました。

2018年11月18日日曜日

ピエール・ボナール展


国立新美術館のボナール展に行きました。
妻マルトを撮影した写真が展示されていましたが、室内で水浴する写真などはボナールの絵そのものでした。さらに妻マルトが撮影したボナールの裸体写真が展示されているのが面白いです。
ボナールはマルト以外の女性の裸体も描いていて、中でも人妻リュシエンヌを描いた「バラ色の裸婦、陰になった頭部」は、肌の色合いなどを見ると、むしろマルトを描いた絵より魅力的といえるほどでした。他には鏡をうまく使って静物画に裸体を配する「化粧台」など面白かったです。
「静物:皿と果物 あるいは桃を持った鉢」や「セーヌ川に面して開いた窓、ヴェルノンにて」は、美しい色彩があふれる魅力的な絵でした。
ボナールは一つの絵に時間をかけて描く画家でしたが、論述で観客を説得するのではなくて、その場の雰囲気を伝えることに関心がある画家だったと思います。今回のように多くの作品を一度に観るとその良さがよく分かると思えたので、良かったです。

2018年11月12日月曜日

カフカ「判決」

フランツ・カフカの「判決」を翻訳しました。
『文章の裏側に真実が隠されており、それがかすかにほのめかされている』と解釈して訳しました。
ああでもない、こうでもないと考えながら訳していると、この作品を一日で書き上げたカフカの心情からどんどん離れていく気がしなくもありませんでした。
どうかこの翻訳が皆様にとって役に立つものでありますように。

(2018年11月16日に改訂して公開しました。)

「判決」クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

2018年11月4日日曜日

藤倉大「ソラリス」


東京芸術劇場で藤倉大さんのオペラ「ソラリス」(演奏会形式)を観ました。
音楽はまるでソラリスの海のように独立して存在しており、歌の伴奏という感じではなく、ときどき大きく盛り上がって歌手の声をかき消していました。一般的なオペラの感覚とは違います。海の描写という感じはしませんでしたが、地球外の別天体という雰囲気はありました。
ハリーは脳内の記憶から作り出されたものという心理的な側面より、オリジナルかコピーかという本物/偽物の側面が強調されていました。朗唱風の歌が多い歌手の中にあって、ハリーの歌は美しい旋律が聴き取れました。他には、クリスと死んだギバリャンとが会話をする場面は印象に残りました。(彼は何者だったのだろう?)
あれだけタルコフスキーやソダーバーグを厳しく批判したレムの言葉を読んだら、レム本人の文章を丸ごと使いそうなものですが、台本はレムの原作にない文章がふんだんに使われていました。堂々と自分の世界を構築した作品でした。
藤倉さん自身の言葉によると、まず勅使川原さんが日本語で台本を書き、それを英語に訳しながら藤倉さんが作曲したとか。翻訳による変容を怖れない点が作品の根底をなしているといえそうです。

2018年10月6日土曜日

カフカ「変身」

カフカの「変身」を翻訳しました。
誰にも気兼ねすることなく、自分の思い込みのままに好き勝手に翻訳したものではありますが、もしお一人でも新鮮さや自由さを感じてくださる方がいらっしゃれば、これに勝る喜びはありません。
「田中一郎訳」を表示してくだされば二次利用は自由です。非営利での利用をお願いします。改変してもかまいません(主に部分的な引用や書籍リーダーのためのデータ変換のことを想定しています)。

カフカ「変身」クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

(2026年6月20日に改訂しました。)

この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

2018年7月22日日曜日

「歌仙と古筆」


出光美術館の「歌仙と古筆」に行きました。
三十六歌仙の肖像画や色紙を中心とする展示なのですが、印象に残ったのは生誕九百年を記念した西行の特集でした。
俵屋宗達と烏丸光廣の西行物語絵巻が解説付きで展示されていて、北面武士の佐藤義清としての姿、友の急死などを要因として、現世に空しさを感じて出家を志す姿が描かれていました。その中には娘を縁側から蹴落とす場面も含まれます。

出家者として、旅に生きた歌人として、幅の広い人生を送ったという印象があります。童子にやりこめられ(西行戻しの逸話)すごすごと引き返す姿も西行であり、崇徳院の亡霊と対等に会話をする姿(辻邦生『西行花伝』)もまた西行であり、振幅の大きさは比類がありません。また、何と「絵になる」「物語になる」人生を送った人かと思います。

2018年4月23日月曜日

プーシキン美術館展


東京都美術館『プーシキン美術館展──旅するフランス風景画』に行きました。コレクターの審美眼がはっきり現れた展覧会だったと思います。
理想的風景画の系譜の中では、ユベール・ロベールの『水に囲まれた神殿』が印象に残りました。現実の風景を元にして、神殿を廃墟に変え水の中に浮かべるという変化が加えられています。風景画が決して現実のスナップショットではないことが分かります。
ルイジ・ロワールの『パリ環状鉄道の煙(パリ郊外)』には空気感を伝える鋭い写実的表現があり、煙を画面に配置するという大胆さがありました。近代都市パリへの讃歌ともいえます。コルテスの『夜のパリ』のような、写実描写よりもパリの夜の通りの雰囲気を表現することに重点を置いた絵を見ると、この美術館がどのような作品を得意としているのか想像できます。
モネの『草上の昼食』はマネの作品の後で描かれたものですが、都市から見た郊外への憧れを示す絵として展示されていました。
セザンヌのサント=ヴィクトワール山を始めとする作品たちは、都市から見た自然への憧れです。ボナールの『夏、ダンス』は202×254cmの大作で、室内画のイメージがあった画家がこんな大きい風景画を描いていたとは思いませんでした。
この展覧会は「心躍る旅をテーマとする展覧会」として構成されていましたが、観客に筋道を立てて解説する分かりやすさに徹していたと思います。会場は比較的空いていました。

驚くべきは展覧会カタログであり、その個性的な装丁はどれだけ強調しても足りません。紙面は横長ソフトカバーに縦横罫線のノート風です。チェックボックスがあったりしてまるで研究ノートのようです。作品解説の左下には別の文字サイズ、別の文字色でアーティストプロファイルが記載されます。何ページか進むたびにコラム「画家と旅」が挿入されて画家の生涯の一場面が紹介されます。最初と最後にパリ市内やパリ近郊、美術館遠景をスナップショットで写した写真が載せられ、「とっておきブックガイド」で締めくくられます。どう見ても学術論文を集めたカタログではありません。初心者に向けて丁寧に書かれた参考書の趣がありました。

会期 2018年4月14日(土)~7月8日(日)
会場 東京都美術館 企画展示室
休室日 月曜日
※ただし、4月30日(月・休)は開室
開室時間 9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
夜間開室 金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)