2014年12月12日金曜日

国立科学博物館「ヒカリ展」

国立科学博物館「ヒカリ展」に行きました。
光といっても波長によって長波長の電波領域から短波長のγ線領域まであり、光が存在する場所も普段の生活の照明から宇宙空間まで広がっているので、幅広い題材についての展覧会でした。

初めに宇宙を題材にしていました。宇宙誕生の話や銀河の観測の話。電波望遠鏡やX線望遠鏡を使った観測の様子。特に太陽の観測の解説は充実していて、観測用衛星「ひので」による太陽の観測などを解説していました。それから地球の磁気圏の話になり、オーロラの映像が流れていました。

それから科学史の話。ケプラーやガリレイの時代からアインシュタインに至るまで著書の実物を展示していました。教科書にのっている科学者たちが次から次へと出てきます。
次に地球の話題に移り、蛍光を発する鉱物の実物を展示していました。照明を明るくしたり暗くして蛍光の様子を分からせる展示もありました。それから生物が放つ光の話題。ホタルやウミホタルの発光のしくみなど。蛍光タンパク質についての解説もありました。

それから照明の話になり、人間が使ってきた照明の紹介、最近の照明である青色LEDの話もありました。
時間を計る原子時計から光格子時計の話などがあって、展覧会は終わりました。

どのブロックにも5分ほどの映像が流れていて、それは分かりやすくてありがたいのですが、見ていると時間がかかります。じっくり見ていたら全部で3時間ほど時間がたっていました。
宇宙に関する展示、地球に関する展示、科学史の展示は特におすすめします。学問を分かりやすく解説した展示で勉強になります。


2014年10月28日(火)~2015年2月22日(日)
会場    国立科学博物館(東京・上野公園)
開館時間    午前9時~午後5時
※金曜日は午後8時まで。ただし、1月2日(金)は午後5時まで。
休館日    毎週月曜日(祝休日の場合は開館し、翌火曜日が休館)、
12月28日(日)~1月1日(木・祝)。ただし、12月22日(月)、1月5日(月)は開館。

2014年11月22日土曜日

東京都庭園美術館「内藤礼 信の感情」

東京都庭園美術館に行きました。
本館は室内の修復が終わりきれいになっていました。庭園は閉鎖されていました。かつてミュージアムショップのあった場所は新館となり、展覧会「内藤礼 信の感情」が開かれていました。

作品は100cm四方前後の大きさのキャンバスが何点も並んでおり、白を背景として青から橙を経て黄に至る円環が描かれていました。ただし、その色はあまりにも淡く、白一色とほとんど見分けがつきません。色が塗られていることをあらかじめ知っておいて、じっくり観察することによって初めて分かる色合いです。
また、円環は画面一杯に広がっており、決して小さいわけではないのですが、画面から遠ざかったのでは色調をはっきり感じることができず、近くに寄ることで微妙な色の変化を感じることができました。
作品によって円環が直線になったり、幅が広くなったり、二重環になったりするのですが、かすかな、ほんのわずかな変化があるだけなのでした。

床に一点だけ人型(ひとがた)が置いてありました。それは空蓮房での展示「地上はどんなところだったか」やギャラリー小柳でも見たことのある、ほんの小さな人型です。実は本館にもところどころに人型が置いてあったのでした。余りにもさりげなく、隠れるように、こっそりと。

内藤礼 信の感情
2014 年11月22日(土)ー12月25日(木)
会場:東京都庭園美術館 新館ギャラリー1+本館
開館時間:10:00-18:00 (入館は17:30まで)
休館日:毎月第2・第4水曜日(祝日の場合は開館、翌日休館)

〒108-0071  東京都港区白金台5-21-9
URL http://www.teien-art-museum.ne.jp/

2014年11月19日水曜日

ウフィツィ美術館展

東京都美術館「ウフィツィ美術館展」に行きました。
ルネサンス時代に描かれていながら、例えばギルランダイオ「聖ヤコブス、聖ステファヌス、聖ペテロ」のように驚くほど鮮やかな色彩の絵もありました。
当時の宗教画と現代の写実画とは志向している方向が違っているのですが、その中でもボッティチェリ「パラスとケンタウロス」のように現代の眼で見ても美しさを感じることのできる絵がありました。
館内は比較的混雑していましたが、行列ができている箇所と人がまばらな箇所とが混在していました。好きな絵の前に人が少ない可能性もあります。じっくり観ることができるかもしれません。

2014年10月31日金曜日

ザハ・ハディド展

東京オペラシティアートギャラリー「ザハ・ハディド展」に行きました。
建築の模型やCGの映像が流れています。
以前同じ美術館で「ディーナー&ディーナー展」があったことを思い出しました(2009年)。1つの建物だけでなく周囲の建物を模型に乗せることで、都市計画にも一歩踏み込んだ展示になっていたことが印象に残るよい展示でした。
今回の展示では、例えば新国立競技場の模型があったのですが、周囲の建物に魅力がなく計画的でもなく、ただ1つの建築だけの問題となっていたことが残念でした。

常設展の「抽象の楽しみ」は面白かったです。「ザハ・ハディド展」は学生らしき人たちで混んでいたのに常設展にはほとんど人がいませんでした。ゆっくりと好きなだけ観ることができました。
堂本尚郎「絵画」が印象に残りました。絵画においてどのように画面を構成し、どのような筆遣いで描くかはすべて自由であることを意識させるものでした。
展覧会は加納光於、難波田龍起、野中ユリ、宇佐美圭司、李禹煥…と寺田コレクションおなじみの作家たちが並んでいます。

2014年10月13日月曜日

東京都現代美術館「新たな系譜学をもとめて」

東京都現代美術館に行きました。
「新たな系譜学をもとめて 跳躍/痕跡/身体」では、土方巽や大野一雄の映像が流れていましたが、彼らの舞踏の映像を観たことはほとんどなかったので新鮮でした。
その他の展示としては、人の発言中の身振りを分離してダンスに見立てるもの、パルス電流で筋肉を動かして他人の体の動きをコピーしようとするものなどがありました。
一番印象に残ったのは巨大スクリーンに映った野村萬斎さんの狂言の舞いです。世田谷パブリックシアターでの「三番叟」を収録したものですが、複数台のカメラを使いクローズアップやカット割りを多用して変化に富んだ映像になっていました。

「ミシェル・ゴンドリーの世界一周」では映画のセット(のようなもの)を展示作品としていました。完全に本物に似せたセットというより、どこか偽物めいた雰囲気を残していました。例えば本物の雑誌が置いてある隣には、実際には存在しない架空の雑誌が置いてあったり。

常設展では関根直子さんとサム・フランシスの作品が良かったです。特に後者は3点の大作が展示されていて印象に残りました。

2014年10月7日火曜日

新国立劇場「パルジファル」

新国立劇場のオペラ公演「パルジファル」を観ました。(以下では「パルシファル」と書きます。)
床にLED光源の「光の道」を配置し、場面によって様々に照明の色を変えていました。
舞台は部分的に上昇下降し、聖槍をモチーフとした巨大な刃「メッサー」が回転して舞台上に現れ、その上に人が寝そべったりしていました。それらすべてが美しく、これまで見たこともないような新鮮なものとして受け止めることができました。

パルシファルの持つすべての生き物に対する共感を強調していました。白鳥を殺してしまったことに対する後悔の表情、花の乙女たちの場面で本当に野の花と戯れているように思わせる演出など。
パルシファルが床に倒れ、他人から水を飲ませてもらって立ち上がる姿(歌手が床に寝そべる場面は多かったです)を見ると、今回のパルシファルは表面的な強さとは無縁の存在だということが分かります。それでいて道すがら薄着の人に衣服を与える姿、アンフォルタスに代わって儀式をとりおこなう姿など、人間的な強さを感じる場面も多く、パルシファルが主人公だということを納得できました。

演出のクプファーさんのインタビューでは聖杯騎士を「形骸化したキリスト教の象徴」として断罪していましたが、実際の演出では、聖杯騎士たちもまたパルシファルの後を追って(あるいは別の道を歩んで)、人としてより良い道を求める可能性があることを示していました。キリスト教の信仰の世界を描きながら、なお異なる宗教の存在を許容するという調和に満ちた結末は、現代のオペラ演出でおよそ考えられないほどのハッピーエンドだったと思います。

視覚的に美しく、しかも内面的な深さを備えた演出を見せてくれたハリー・クプファーさんに、そして本公演の制作に携わったすべての方々に心からの感謝を捧げます。

2014年9月15日月曜日

フィオナ・タン「まなざしの詩学」

東京都写真美術館「フィオナ・タン まなざしの詩学」を観ました。
2階でのビデオインスタレーションのうち、「ディスオリエント」はアジアを思わせる様々な物が棚に並んでおり、それらをカメラがアップで映し、ナレーションはマルコ・ポーロ「東方見聞録」の日本語翻訳でした。
例えば(不正確な再現ですが)「この土地は織物を産出せず、人々は毛皮をまとう。偶像崇拝の民族はカーンの支配下にある。性格は粗暴で争いを好む。コショウとナツメグの産地…」とか何とか。 何も知らない私は、架空の土地や空想上の民族を描写した朗読かと思いました。
かつて東方見聞録が書かれた頃は、ヨーロッパにおける読者にとってはそれらの土地、民族の描写がエキゾチズムをかき立て、しかも事実を反映していた訳ですが、現在ではそれらの文章は事実を伝えてはいません。しかし文章が持っている魅力の面、未知の世界に対する憧れは今でも感じることができました。

「インヴェントリー」では、古代ギリシャ、古代ローマの彫刻を集めた展示室(イギリスのソーン卿の蒐集品らしい)を複数のスクリーンで映していました。
世界中の様々な事物を蒐集し分類することは、それによって世界をすべて既知のもの、驚きのない退屈なものへと変化させる可能性もあるわけですが、映像から受ける印象は違っていました。画面に映っている事物を越えた世界、もっと別の、驚きに満ちた未知の世界への想像をかき立てるものでした。

1階ホールで「影の王国」を観ました。
本人の他に何人かのインタビュー映像が含まれていました。特に強調されていたのは、写真というメディアは時間・空間を切り取るものであり、真実を写していながらその一面しか写していないということ、そして鑑賞者が写真の置かれた状況を想像するという点でした。もう一つ、例えば戦争における一人の人間の死を、単なる統計上の数字に終わらせることなく、重みを保ったまま伝えようとする点も強調されていました。
それはおそらくフィオナ・タンさん自身の主張であり、どの作品も真実の一部しか伝えていないこと、そして鑑賞者の解釈にゆだねられることを認め、それでも1つ1つのイメージを新鮮なものとして構成しようする決意の表れなのだろうと思います。