翻訳を改訂したため削除しました。
2017年5月23日火曜日
ムージル「愛の完成」の翻訳(全文テキストファイル)
翻訳を改訂したため削除しました。
2017年4月22日土曜日
ミュシャ展
国立新美術館でのミュシャ展に行きました。
入口を入ってすぐにスラヴ叙事詩が展示されていました。絵の巨大さは小さい絵とは異なる世界を生み出していました。
「ニコラ・シュビッチ・ズリンスキーによるシゲットの対トルコ防衛」は映画を観ているような気になります。逃げ惑う人々の姿や燃えさかる塔の様子など。きわめて現代的な物語描写です。
「聖アトス山」は地上の世界と天上の世界が共存した絵となっており、天上界の描写の壮大さに圧倒されます。異なる世界を同時に画面に共存させるのはミュシャ得意の作風なのでしょうが、それはまた、彼の絵は宗教や政治思想をテーマとして画面に描くことが多くなることを実感させるものでした。人物の背景に思想、政治、宗教が擬人化され描かれる。その人間を越えた巨大な存在。
アールヌーヴォーの作品も展示されていました。観客の人たちから「かわいい」という言葉があがるほどに現代のイラストレーションに通じる親しみやすさと美しさでした。
会場 国立新美術館 企画展示室2E
会期 2017年3月8日(水) - 6月5日(月)
開館 午前10時 - 午後6時
毎週金曜日、4月29日 - 5月7日は午後8時まで
休館 毎週火曜日
5月2日は開館
入口を入ってすぐにスラヴ叙事詩が展示されていました。絵の巨大さは小さい絵とは異なる世界を生み出していました。
「ニコラ・シュビッチ・ズリンスキーによるシゲットの対トルコ防衛」は映画を観ているような気になります。逃げ惑う人々の姿や燃えさかる塔の様子など。きわめて現代的な物語描写です。
「聖アトス山」は地上の世界と天上の世界が共存した絵となっており、天上界の描写の壮大さに圧倒されます。異なる世界を同時に画面に共存させるのはミュシャ得意の作風なのでしょうが、それはまた、彼の絵は宗教や政治思想をテーマとして画面に描くことが多くなることを実感させるものでした。人物の背景に思想、政治、宗教が擬人化され描かれる。その人間を越えた巨大な存在。
アールヌーヴォーの作品も展示されていました。観客の人たちから「かわいい」という言葉があがるほどに現代のイラストレーションに通じる親しみやすさと美しさでした。
会場 国立新美術館 企画展示室2E
会期 2017年3月8日(水) - 6月5日(月)
開館 午前10時 - 午後6時
毎週金曜日、4月29日 - 5月7日は午後8時まで
休館 毎週火曜日
5月2日は開館
2017年3月9日木曜日
人人展(東京都美術館)
藤林叡三さんは「重い扉」のような映画の場面を切り取ったような作品、「窓と停戦」のようなコラージュ的作品、リアリズムや奇想の作品など、様々な作品を写実的な確かな筆遣いで描いていました。
尾藤敏彦さんは絵画と彫刻でした。絵画は腐蝕したようにおぼろげな画面に、女体の曲線と男性器のイメージとが絡み合っていました。ギーガーの絵や谷敦志さんの写真を連想しました。彫刻はやはり錆びた金属によって女体と男性器とが形作られていました。
以上の2人は別格の圧倒的な存在感でした。
私の目当ては相馬俊樹さんの本で見かけてから注目している亀井三千代さんでありました。春画と解剖図とを合わせたようなエロティックで軽やかな雰囲気の作品です。肉体だけを描いているので匿名のエロティシズムを感じることが出来ます。作家さんと少しだけお話しできたこともうれしかったです。写真可とのことだったので撮ってみました。
4月の湯島羽黒洞での個展も楽しみです。
2017年2月26日日曜日
加山又造展(日本橋高島屋)
日本橋高島屋の加山又造展に行きました。
個人所蔵の作品が多く出展されていて、国立新美術館での加山又造展とは少し印象が違っていました。
月光波濤(1979年、イセ文化基金蔵)や龍図(1988年、光ミュージアム蔵)のような大作が印象に残りました。琳派の水墨画の技法を現代的な感覚で使っていて新鮮です。
紅白梅(1965年、個人蔵)は尾形光琳の紅白梅図を元にして光琳の技法を想像して描かれたそうです。例えば流水の部分は硫化銀を使ったのではないか、というように。
展覧会は横浜〜大阪〜京都と巡回します。
2月22日(水)- 3月6日(月)
日本橋高島屋8階ホール
入場 10時30分 - 19時(19時30分閉場)
個人所蔵の作品が多く出展されていて、国立新美術館での加山又造展とは少し印象が違っていました。
月光波濤(1979年、イセ文化基金蔵)や龍図(1988年、光ミュージアム蔵)のような大作が印象に残りました。琳派の水墨画の技法を現代的な感覚で使っていて新鮮です。
紅白梅(1965年、個人蔵)は尾形光琳の紅白梅図を元にして光琳の技法を想像して描かれたそうです。例えば流水の部分は硫化銀を使ったのではないか、というように。
展覧会は横浜〜大阪〜京都と巡回します。
2月22日(水)- 3月6日(月)
日本橋高島屋8階ホール
入場 10時30分 - 19時(19時30分閉場)
2017年1月3日火曜日
フルトヴェングラー変奏曲
NHK-FMで「フルトヴェングラー変奏曲」としてフルトヴェングラー特集の4日連続放送がありました。名盤として誉れ高い演奏を紹介しつつ、ルツェルンでのリハーサル音源なども流したりして興味深い放送でした。
第九は第四楽章のみを1942年の録音と1951年の録音とで流していました。1951年はバイロイト音楽祭のライブのうち、バイエルン放送協会の録音の方を流しており、巷間「バイロイトの第九」と呼ばれている方ではありませんでした。ゲストの相場ひろさんは「同日のライブ録音が2つあるということは、片方はゲネプロなどの音源をつぎはぎしたものなのではないか」と言っていました。「バイロイトの第九」の方がリハーサル音源とのつぎはぎだ、との断定は慎重に避けていました。
私自身はフルトヴェングラーのベートーヴェン録音で聴くことがあるのは第九番の第三楽章(フィルハーモニア管弦楽団との演奏)なのですが、バイエルン放送協会盤の方も聴いてみたくなりました。
ゲストの宮本文昭さんは指揮者として、オーボエ演奏者としての立場から、フルトヴェングラーの指揮ぶりを徹底的、粘着質的と指摘しつつ、オーケストラの素晴らしさに裏付けされた、聴衆の心をとらえる演奏の素晴らしさを語っていました。
最後に語っていたことは「ベートーヴェンの作品は第九で終わったのではない。彼はその後も作品を書いた。ベートーヴェンの作品には一種こけおどしの面があるが、彼の作風は交響曲の後、さらに変わった。後期の弦楽四重奏曲がそれにあたり、そこにはベートーヴェンの真骨頂、虚飾を排した作品たちがある。そして後期の弦楽四重奏を弦楽合奏に編曲した版があり、バーンスタインはその録音を残している。フルトヴェングラーがそれらの作品とどう対峙するのか、録音があればぜひ聴きたかった。」でした。
それに対してゲストの相場ひろさんは答えます。「『大フーガ』ならあります。」と。
ここでお知らせしておきましょう。大フーガ以外にもフルトヴェングラーがベートーヴェンの弦楽四重奏(弦楽合奏編曲版)を演奏した録音があります。
「Beethoven: War Time Recordings」(Andromeda)
をお聴きください。作品130の弦楽四重奏曲から「カヴァティーナ」を弦楽合奏に編曲した版をフルトヴェングラーが指揮しています。戦時中の録音であり当時フルトヴェングラーは壮年期の気力が充実していた時期ですが、静かな枯淡の境地とも表現できるような演奏です。
第九は第四楽章のみを1942年の録音と1951年の録音とで流していました。1951年はバイロイト音楽祭のライブのうち、バイエルン放送協会の録音の方を流しており、巷間「バイロイトの第九」と呼ばれている方ではありませんでした。ゲストの相場ひろさんは「同日のライブ録音が2つあるということは、片方はゲネプロなどの音源をつぎはぎしたものなのではないか」と言っていました。「バイロイトの第九」の方がリハーサル音源とのつぎはぎだ、との断定は慎重に避けていました。
私自身はフルトヴェングラーのベートーヴェン録音で聴くことがあるのは第九番の第三楽章(フィルハーモニア管弦楽団との演奏)なのですが、バイエルン放送協会盤の方も聴いてみたくなりました。
ゲストの宮本文昭さんは指揮者として、オーボエ演奏者としての立場から、フルトヴェングラーの指揮ぶりを徹底的、粘着質的と指摘しつつ、オーケストラの素晴らしさに裏付けされた、聴衆の心をとらえる演奏の素晴らしさを語っていました。
最後に語っていたことは「ベートーヴェンの作品は第九で終わったのではない。彼はその後も作品を書いた。ベートーヴェンの作品には一種こけおどしの面があるが、彼の作風は交響曲の後、さらに変わった。後期の弦楽四重奏曲がそれにあたり、そこにはベートーヴェンの真骨頂、虚飾を排した作品たちがある。そして後期の弦楽四重奏を弦楽合奏に編曲した版があり、バーンスタインはその録音を残している。フルトヴェングラーがそれらの作品とどう対峙するのか、録音があればぜひ聴きたかった。」でした。
それに対してゲストの相場ひろさんは答えます。「『大フーガ』ならあります。」と。
ここでお知らせしておきましょう。大フーガ以外にもフルトヴェングラーがベートーヴェンの弦楽四重奏(弦楽合奏編曲版)を演奏した録音があります。
「Beethoven: War Time Recordings」(Andromeda)
をお聴きください。作品130の弦楽四重奏曲から「カヴァティーナ」を弦楽合奏に編曲した版をフルトヴェングラーが指揮しています。戦時中の録音であり当時フルトヴェングラーは壮年期の気力が充実していた時期ですが、静かな枯淡の境地とも表現できるような演奏です。
2016年10月10日月曜日
小川信治展
千葉市美術館での小川信治展に行きました。
対称性を強調する鉛筆画作品たちがありました。それはアントワープ、ジュネーブ、ストラスブールなど、ヨーロッパの都市たちの、対称性を重んじて設計された町並みをさらに左右対称にしたものでありました。
また「モアレの風景」は塔などの建物や道を寄せ集め、全体としてモンサンミッシェルのような風景を作り上げていました。
映像作品である「干渉世界」では、写真の中の一部の人物や背景が、まるでPhotoshopのレイヤーを移動するがごとく、連れ立ってするすると別の場所に移動していました。
それまで家族のように一つの場所にあった男女や子供は別々に別れ、元々それらは別の写真の中にあった無関係な人間たちであったことが示されていました。また、あるときは背景自体がするすると上下にレイヤー移動し、新たな背景がその背後に現れていました。
人間同士の関係にせよ、人間と背景の関係にせよ、それらを新たに組み換え、また結合し、新しい関係を作ろうとする試みであると感じました。
レオナルド、フェルメールなどの古典絵画から人物を切り取る作品もありました。また、前景の人物像が左右に分かれて画面隅に追いやられ、隠されていた後景が姿を現す作品もありました。それまでの作品から人物がいなくなった世界、すなわちもう一つの並行宇宙に存在する世界を描いたとのことです。
いずれの作品においても、自由自在に戯れる作品の裏側には確かな描写が存在し、作品を作り上げる忍耐が存在しているのでした。
対称性を強調する鉛筆画作品たちがありました。それはアントワープ、ジュネーブ、ストラスブールなど、ヨーロッパの都市たちの、対称性を重んじて設計された町並みをさらに左右対称にしたものでありました。
また「モアレの風景」は塔などの建物や道を寄せ集め、全体としてモンサンミッシェルのような風景を作り上げていました。
映像作品である「干渉世界」では、写真の中の一部の人物や背景が、まるでPhotoshopのレイヤーを移動するがごとく、連れ立ってするすると別の場所に移動していました。
それまで家族のように一つの場所にあった男女や子供は別々に別れ、元々それらは別の写真の中にあった無関係な人間たちであったことが示されていました。また、あるときは背景自体がするすると上下にレイヤー移動し、新たな背景がその背後に現れていました。
人間同士の関係にせよ、人間と背景の関係にせよ、それらを新たに組み換え、また結合し、新しい関係を作ろうとする試みであると感じました。
レオナルド、フェルメールなどの古典絵画から人物を切り取る作品もありました。また、前景の人物像が左右に分かれて画面隅に追いやられ、隠されていた後景が姿を現す作品もありました。それまでの作品から人物がいなくなった世界、すなわちもう一つの並行宇宙に存在する世界を描いたとのことです。
いずれの作品においても、自由自在に戯れる作品の裏側には確かな描写が存在し、作品を作り上げる忍耐が存在しているのでした。
岡崎和郎展
千葉市美術館での岡崎和郎展に行きました。岡崎作品のみならず、インスピレーションの源となった人達の作品も隣に並んでいます。それがまた大変な人数であり分野も多岐にわたっています。
ダリ、デュシャンやコーネル、瀧口修造など、通常芸術家に分類される人達だけではありません。チャーチル、ケージ、井伏鱒二、ウィリアム・テルなど、およそ他分野と思われる人たちも岡崎作品に影響を与えています。
また、影響といっても一筋縄にはいきません。モンドリアンの作品の隣にある「P.M.ボール」はモンドリアンの作品を球形状すなわち3次元化したもので、これは誰が見ても影響があることはあきらかです。
しかし、例えばブランクーシの具象彫刻「眠る幼児」の隣に岡崎の「石の夢」「石の器」が並んでいるのですが、両者は似ているとはいえません。
ケージの「4’33」の映像や楽譜の隣にある「hear something…」は耳に当てることを意図したオブジェであって、似ているという問題ではなく、ケージが岡崎のインスピレーションの源となったということです。
この展覧会で、岡崎作品は、独立した芸術作品であって完全に他人から独立した状態と、他作品と並列し関連性を強調することによってその存在意義を確立する状態と、二者の間で揺れる微妙な存在となっていました。
それはまた、すべての芸術は他からの影響を受けており完全なオリジナル作品はありえないという主張を掲げることによって、逆に元となった作品たちの持つオリジナル性の強さを感じることにもつながるという、背反した微妙な印象を与えることにもなるのでした。
ダリ、デュシャンやコーネル、瀧口修造など、通常芸術家に分類される人達だけではありません。チャーチル、ケージ、井伏鱒二、ウィリアム・テルなど、およそ他分野と思われる人たちも岡崎作品に影響を与えています。
また、影響といっても一筋縄にはいきません。モンドリアンの作品の隣にある「P.M.ボール」はモンドリアンの作品を球形状すなわち3次元化したもので、これは誰が見ても影響があることはあきらかです。
しかし、例えばブランクーシの具象彫刻「眠る幼児」の隣に岡崎の「石の夢」「石の器」が並んでいるのですが、両者は似ているとはいえません。
ケージの「4’33」の映像や楽譜の隣にある「hear something…」は耳に当てることを意図したオブジェであって、似ているという問題ではなく、ケージが岡崎のインスピレーションの源となったということです。
この展覧会で、岡崎作品は、独立した芸術作品であって完全に他人から独立した状態と、他作品と並列し関連性を強調することによってその存在意義を確立する状態と、二者の間で揺れる微妙な存在となっていました。
それはまた、すべての芸術は他からの影響を受けており完全なオリジナル作品はありえないという主張を掲げることによって、逆に元となった作品たちの持つオリジナル性の強さを感じることにもつながるという、背反した微妙な印象を与えることにもなるのでした。
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